「フン・センはベトナムの操り人形だ」。カンボジアのフン・セン首相の圧力を受け、2017年11月に解党させられたかつての最大野党「救国党」の元活動家、ブンリーさん(仮名)はこう断言した。カンボジアでベトナムの影響力が強いのは、フン・セン政権の後ろ盾にベトナム政府がいるからだ。ベトナムの言いなりになる一方で、フン・セン首相が独裁色を強めるカンボジアでは7月29日、欧米の批判を浴びるなか総選挙が実施される。「野党が事実上ない状態。私は投票には行かない」とブンリーさんは言う。
フン・セン政権の大きな問題としてブンリーさんが指摘するのは、カンボジア国内の資源や土地が奪われつつあることだ。ベトナムとの国境沿いには、カンボジア政府がベトナム企業に長期で貸す広大な土地があるという。そこでとれるカンボジアの木材は、ベトナム企業が自国のために伐採する。
ブンリーさんは、今やベトナム領となったフーコック島の領有権にも言及。「あの島は歴史的にみてもずっとカンボジア領。なぜカンボジア政府は国連に自国の領土だと訴えないのか」と母国の外交力の弱さを嘆く。
ベトナムの影響が強まることでブンリーさんが危惧するのは、カンボジア人がカンボジア国内で民族的にマイノリティー(少数派)となってしまうことだ。「カンボジアにはラオスのようになってほしくない。ラオスでは、多くのベトナム人がラオス政府の高官になっていたり、テレビもラオ語とベトナム語で放送したりするなど、ベトナム人に乗っ取られてしまっている」
ブンリーさんによると、多くのベトナム人はすでにカンボジア政府の要職に就き、カンボジア内部で権力を強めているという。ベトナム人が今後、カンボジアにもっと流入してくれば、カンボジア人が母国でマイノリティーに転落する可能性もある。
カンボジア政府がベトナムに「ノー」と言えないのには訳がある。最大の理由は、フン・セン氏がベトナム政府のおかげで首相になれたからだ。ポル・ポト派で軍人だったフン・セン氏は1976年、ポル・ポト派からの粛清を恐れてベトナムへ亡命した。1979年に、フン・セン氏やヘン・サムリンらを主要メンバーとするカンプチア救国民族統一戦線が、ベトナム軍と一緒になってポル・ポト派を攻め、プノンペンを陥落させた。ヘン・サムリン政権が誕生し、フン・セン氏は外相に就任。1985年から現在まで33年にわたってカンボジアでトップの座に君臨する。
「インドシナの中国」とも揶揄されるほど、インドシナ3国では強権的な態度をとるベトナム。フン・セン首相は自分のポストを守りたいがゆえに、ベトナム批判を繰り出すカンボジア人活動家を押さえつける。こんな皮肉な状況に陥っているのが今のカンボジアだ。
カンボジアでは7月29日、フン・セン独裁政権の是非を問う5年に一度の総選挙が実施される。ただ今回は事実上、野党の参加がない。フン・セン首相が2017年11月、最高裁判所に圧力をかけて、最大野党の救国党を解党させたからだ。救国党の党首だったケム・ソカ氏は2017年9月に逮捕され、いまだ刑務所に収監されている。また、少数野党としてカンボジア青年党があるが、フン・セン首相の息がかかっており実質与党だ。
「選挙で与党が勝つのは明白。しかし元救国党の党員たちは水面下で再結集しようとしているだろう」(ブンリーさん)