カンボジアのシェムリアップで“昔ながらのトゥクトゥク”が苦境に立たされている。ライバルはカンボジア初の配車サービス「パスアップ」だ。見た目は小型のトゥクトゥク。車体の色が白いのが特徴だ。メーター制を導入し、運賃も安いパスアップが今、特に外国人観光客の支持を集めている。
アンコールワットの街シェムリアップでトゥクトゥクドライバーを15年続けてきたチュンさん(38歳)は「稼ぎは10年前の7割に減った。観光客が少なくなったこともあるけど(実際は毎年10%以上増えている)、最近だとその原因はパスアップの登場。パスアップが安すぎて、トゥクトゥクの値段を下げないと客を捕まえられない」と話す。かつては10組以上の客を乗せていた日もあったが、今は5組以下のときもざらだ。
シェムリアップにはチュンさん同様、路上でひまを持て余すトゥクトゥクドライバーは少なくない。彼らがそろって口にするのが、パスアップによる営業被害だ。
パスアップは、ガソリンを燃料とするバイクを使ったトゥクトゥクと違い、安価な天然ガスで動く。利用者はスマホにアプリさえ入れておけば、いつでもどこでもパスアップを呼び出せる。そのシステムはまさにカンボジア版Uber。パスアップの車内にはデジタルマップも搭載されているため、ドライバーが迷う心配も少ない。
パスアップが観光客に支持される最大の理由はメーター制であることだ。初乗りで1キロメートル3000リエル(約80円)、それ以降は1キロメートルごとに1200リエル(約30円)と運賃は明確に決まっている。外国人観光客にとってみれば面倒な値段交渉は不要で、またぼったくりに遭うこともない。
対照的にトゥクトゥクの運賃(シェムリアップ)は、“近く”までならだいたい2ドル(約220円)というのが相場。それ以上は交渉次第とアバウトだ。しかもドライバーが言う“近く”とはほとんどの場合、2キロメートル以内。つまり両者の値段を比べると、パスアップの方が断然お得なのだ。
パスアップのメリットはそれだけではない。仕事が欲しい人にとってみると、ドライバーに簡単になれるというのも魅力。バイクが運転できれば、パスアップの運営会社に登録さえすればいいという。車体は運営会社の所有物であるため、自分で買う必要もない。ちなみにトゥクトゥクのドライバーになるには自分で車体を買うのが普通だ。
シェムリアップの路上で増え続けるパスアップ。女性のドライバーのひとりは「簡単だから始めたのよ。お金が貯まるまでは続けるつもり」と語る。パスアップの場合、顧客はアプリを通して得られるので、トゥクトゥクのように道端で客引きする必要もない。このため女性がドライバーになっても仕事しやすそうだ。
トゥクトゥクドライバーのチュンさんは言う。「パスアップのせいで客が減ったから、トゥクトゥクドライバーを辞めた人もいる。でも次の仕事がないのが現実。僕がトゥクトゥクドライバーを続けるのは『自分で稼いでいる』という自負があるから」
パスアップのサービスは、カンボジアの首都プノンペンで始まり、いまやシェムリアップを飲み込みつつある。カンボジア名物ともいえるトゥクトゥクはこのまま淘汰されていくのか。地元の高校生たちは「トゥクトゥクはなくなっていくと思う。カンボジアの男は基本、面倒くさがり。その象徴がトゥクトゥクドライバーなの。路上で寝てばっかりで努力しない。だから私はトゥクトゥクドライバーとは死んでも結婚したくない」と本音をもらす。