コレクティブインパクトという言葉がある。政府、企業、コミュニティーなど異なる組織がそれぞれ専門性を発揮し、協力して社会問題の解決を目指す手法だ。成功例のひとつが、インド西部の街プネーのスラムに4000戸の家を建てたプロジェクト。重要な役割を果たした地元NGOマシャールの創設者であり建築士のシャラッド・マハジャンさん(62)は「みんなの小さな行動が貧困をなくす」と言い切る。
■4万8000円で新居に住める
プネー市では人口の40%、実数にして140万人がスラムで暮らすといわれる。そのひとつであるイェラワンダ地区で2012年に始まったのが「スラムの家建て替えプロジェクト」。住環境の改善を目指したものだ。
ユニークなのは、このプロジェクトがコレクティブインパクトの手法で進められたこと。インド中央政府は都市開発の指針を示した「ジャワハルラール・ネルー国家都市開発目標」のもと、プネー地方公社にプロジェクト資金を出した。旗振り役のプネー地方公社は、複数のNGOや、プネー市のあるマハーラーシュトラ州の政治家らに協力を要請した。
それに呼応する形で、貧しい人たちのために家を建てる国際NGO「ハビタット・フォー・ヒューマニティ」は資金と建設技術を提供。マシャールはスラム住民の生活調査やプロジェクトの立案を担当した。政治家らはスラムに足を運び、住民にプロジェクトへの参加を呼びかけた。スラム住民らは空いた時間に家の建設を手伝った。
建設費の集め方もコレクティブ(集合的)だ。4000戸の建設費12億ルピー(約19億2000万円)のうち、中央政府が50%、州政府が30%、プネー地方公社と入居者(スラム住民)がそれぞれ10%を負担した。スラムの住民にとっては3万ルピー(約4万5000円)で新しい家が持てたことを意味する。
■スラム住民の声を聞け
プロジェクトの成功に大きく貢献したのがマシャールだ。スラムの開発を専門とするマシャールは、スラム住民の生活ぶりや経済活動、悩みなどを調べた。そこでわかったのは「家の排水が悪く、雨が降ったら浸水すること」「水道や電気が通ってないこと」「立ち退きを強制させられることへの恐れ」「生活環境や地域コミュニティーが変わることへの恐れ」などだ。
このヒアリング結果をもとにマシャールは、スラムのコミュニティーや生活スタイルを壊さないよう、“元あった場所に新しく家を建てる”計画をプネー地方公社に提案した。
プネー市では実は、スラム住民のための住環境改善の試みは一度失敗している。2007年、プネー地方公社は32億ルピー(約50億円)を拠出してプネー郊外に6000世帯が入居できる高層アパートを建てた。ところが中心地から離れていることやコミュニティーが崩壊することから、スラム住民の多くは引っ越さなかった。この時の失敗を教訓にしたのが今回の「家の建て替えプロジェクト」。スラム住民の要望を反映させたことが功を奏し、4000世帯の同意を取り付けた。
■家にトイレができた
このプロジェクトに建築士として協力したのが、マシャールのシャラッドさん。住みやすい家を安くすることにこだわった。
シャラッドさんは、家の間取りをシンプルで実用的なものにフォーマット化した。また知り合いのつてを使って個人建設労働者およそ100人を直接雇用した。建材も安く入手。元々あった場所に家を建て替えたので土地代はかからない。この結果、一戸当たりの建設費を30万ルピー(約48万円)にまで抑えることができた。
新しい家には水道や電気が通った。トイレとキッチンも付く。2階建てになったことで面積は以前の2倍に。住居人の一人でタクシードライバーのカジパペさんは「家にトイレができた。公衆トイレにいちいち並ばなくて済むようになった」と喜ぶ。
シャラッドさんは言う。「中央政府、プネー地方公社、複数のNGO、そしてスラムの住民たち‥‥。みんなの協力で4000戸の家を建てることができた。みんなの小さな行動が貧困をなくす」
「リアルを知ることが勉強のモチベーションになる」と語るシャラッドさん。彼は現在、若い世代にスラムの状況やマシャールの活動を紹介するため、プネーのいろいろな大学を回っている。興味のある学生にはマシャールでボランティアすることを勧める。マシャールでは1日から長期まで、さまざまなボランティアを受け入れている。
シャラッドさんは必ず、講義の最後に学生にこう聞くという。「あなたは貧しい人のために何をしますか?」