「ローテクの浄水フィルター」を配ることで、カンボジアの村に安全な水を届ける団体がある。アンコールワットを擁する街シェムリアップに拠点を置くNGO「ウォーター・フォー・カンボジア」だ。村で暮らす人の3分の2近くが安全な水にアクセスできないカンボジアで、同団体が目指すのは、水問題を解決するロールモデルになること。ハイテクなんて要らない、というのが合言葉だ。
■煮沸しなくても飲める!
ウォーター・フォー・カンボジアが配る浄水フィルターは、砂と小石と微生物を、高さ1メートルほどのコンクリート製の筒の中に入れただけの「バイオサンド型」だ。2006年から、シェムリアップの近郊にある農村の家庭に約2万個(年間2500個)を設置してきた。これは、約12万人に安全な飲み水を届けたことを意味する。
家庭用浄水フィルターには主に、バイオサンド型とセラミック型の2種類があるが、「バイオサンド型のほうがカンボジアの現状に適している」と、ウォーター・フォー・カンボジアの運営統括部長で、カンボジアで3年以上活動してきたイタリア人、ルイージ・ジアニさん(50歳)は太鼓判を押す。
バイオサンド型には「4つの強み」がある。
第1の強みは、ローテクにもかかわらず、浄水能力が高いことだ。ウォーター・フォー・カンボジアによると、水に含まれる細菌の98.5%、原生動物の99.9%、濁度の95%、鉄の90~95%を除去できるという。
浄水効果についてジアニさんは「カンボジアの村人の多くは、汚い水を飲むと体調が悪くなるとは知っている。ただ、何が悪いのか、どうすればいいかがわからない。このフィルターを使えば、面倒な煮沸をする必要もない。このまま飲んでも問題ない」と効果を力説する。
年率7%前後の高い経済成長率をマークするカンボジア。その一方で、農村ではいまだに安全な水へのアクセスが悪い。「平成20年度水道国際貢献推進調査業務報告書 カンボジア王国の水道事業の概況と国際貢献の検討」(厚生労働省健康局水道課)によると、安全な水へアクセスできる割合は、都市では72%だが、農村は60%(実数にして約630万人)と低い。カンボジアの5歳未満児の死因の20%は、汚れた水の摂取に起因するといわれる。
■25分で20リットルがきれいに
バイオサンド型の第2の強みは浄水速度だ。20リットルの水を、バイオサンドフィルターをセットした筒の中に入れれば、約25分で安全な飲み水に変わる。「カンボジアの農村では1日に使う水の量はおよそ40リットル」(ジアニさん)。1日分の水をまかなうには2回使えば十分だ。これに対し、セラミック型が浄水できるのは1時間でわずか1リットルのみ。雲泥の差だ。
第3の強みは耐久性があること。「15年は壊れない」とジアニさんは胸を張る。対照的にセラミック型は最大2年しか使えない。川や湖の水をろ過しようとして詰まることもしばしば。ジアニさんは「詰まって使えなくなったセラミックフィルターの容器を、農村のカンボジア人は花瓶にすることもある」と苦笑する。
第4の強みはメンテナンスフリーであること。いったん設置すれば、部品を交換する必要はない。余計な維持費もかからない。微生物も、死んだように見えて、水を入れれば再び活動し始める。「タイとの国境近くの村では、タイへ出稼ぎに行き、家を長く空けることがある。そんな人でも、帰ってきて安心して使えるのがバイオサンド型の良いところ」(ジアニさん)
■あえて780円を払ってもらう
バイオサンドフィルターをウォーター・フォー・カンボジアは、トラックに載せ、ガタガタ道を走り、農村の各家庭へ届ける。こうした同団体の活動を支えるのは、欧米を中心とする世界のさまざまなNGOや企業だ。
ウォーター・フォー・カンボジアが普及に力を入れるバイオサンド型も、カナダのNGO「CAWST」が開発したものをモデルにしている。CAWSTのスタッフがシェムリアップに来て、作り方を無料で指導してくれたという。ウォーター・フォー・カンボジアはこの技術をベースに、カンボジア南部のコンポンスプー州で小石と砂を買い、フィルターに使う。こだわるのは、ろ過機能を高めるために、砂を2回洗い、粗さを調整することだ。
活動資金は、米国に本部を置くロータリー・インターナショナルやシンガポール国際基金などの慈善団体や企業からの寄付金でまかなう。2017年の収入は55万5857ドル(約6230万円)だ。
1台のフィルターを設置するごとに、ウォーター・フォー・カンボジアは寄付金から80ドル(約8960円)を使う。各家庭が負担するのは7ドル(約784円)のみだ。「農村のカンボジア家庭にとって7ドルは小さくない。でも無料にすると、大切に扱ってくれない。『オーナーシップ(自分のものと感じること)』をもってもらうことが普及させるには不可欠だ」とジアニさんは言う。
■意志があれば道は開ける
開発業界には「適正技術」という言葉がある。途上国にとって有益な技術はハイテクとは限らないという意味だ。カンボジアの農村を例にとると、ハイテクな浄水器を導入しても、部品も手に入らないし、メンテナンスできる人もいない。お金もかかってしまう。だとすれば、ローテクのほうが適正だ。
ジアニさんがこだわるのはまさに適正技術。「バイオサンドフィルターは誰でも作れる。ウォーター・フォー・カンボジアだけの活動ですべての人を助けられない。一緒に活動してくれるNGOがどんどん出てきてほしい。そうすればカンボジアの水問題も解決できるはず。意志さえあれば、道は必ず開ける」。ジアニさんはこう将来を描いて見せた。