「ワクチンよりもまずは栄養!」 ポジデビ・アプローチで貧困層の栄養問題に取り組む

地元の食材を活用した栄養食を食べるベトナムの子どもたち(NPO法人栄養不良対策行動ネットワーク提供)

「世界の子どもの死亡率を下げるためには、まずは栄養」とNPO法人栄養不良対策行動ネットワーク(NAM)の渡辺鋼市郎代表は言う。「栄養をきちんととって基礎体力が整えば、多くの病気にも、ある程度は耐えられる。だからある意味で栄養改善は、ワクチンよりも大切」(渡辺代表)との考えからだ。

もちろん貧困層の栄養改善を進めるにも資金がいるが、個々のコミュニティの課題解決には「それほど多額は必要ない」と渡辺代表。ベトナムでの成功体験がその背景にはある。

渡辺代表はセーブ・ザ・チルドレン・ジャパンのベトナム駐在員として1995年から7年間、ベトナム中北部タンホア省に滞在。「ポジティブ・デビアンス手法(ポジデビ・アプローチ)」で貧困層の栄養問題改善に取り組み、成果を上げてきた。

ボジデビ・アプローチとは、同じような問題を抱えながらもうまく問題を解決している少数の人を見つけ出して、その問題解決方法を周りの人と共有することで、コミュニティ全体の問題解決に導く手法のことだ。

渡辺代表がまずしたのは、貧困層の中であっても子どもが健康で順調に発育している世帯を見つけ出すことだった。話を聞いてみると、その世帯では、川エビや野草などを活用して、不足する栄養素を補うといった知恵や習慣を持っていることがわかった。その知恵を村の他の母親に広め、地域全体で子どもの栄養を改善することに成功したのだ。

ポジデジ・アプローチによる栄養改善では、基本的に地元の食材を活用する。適当な食材がなければ育てて役立てる。そのために知識や技術を身につけることが必要で、そこに資金を使う。しかし知識や技術を身につけた人が増えるに従って、必要なお金は減っていく。だからこの方法は、NGOや保健省などが不足する栄養素の食品そのものを配布する支援とは異なり、支援が減ったりストップしたりしても“持続可能な方法”でもあるともいえる。

ポジデジ・アプローチを駆使することで、少ない支援金額からでも、個々の貧困層集落の栄養改善が確実に進められる。しかし全世界で、2億人の栄養不良児を半減させるためには約1000億円の援助資金が必要だと、渡辺代表は試算している。「効果の不確かなインフラ整備に毎年何十兆円と注ぎ込まれていることを考えれば多すぎる金額ではない」(渡辺代表)

現在、日本からの政府開発援助(ODA)の拠出は保健分野では母子保健対策向けが主で、貧困層の栄養改善事業にはあまり予算が当てられていない。オリンピックが東京で開催される2020年が、日本の行政が貧困層の栄養改善の大切さに気づき、積極的に支援に動きだすきっかけなるのではないか――。渡辺代表はそう期待している。これまでオリンピック年には、開催地で、世界の問題を話し合い、解決策を考えるイベントが数多く開かれてきた歴史があるからだ。

貧困層の子どもの栄養問題に対応する日本の対応が鈍い背景には、関係省庁が厚生労働省や外務省など複数にまたがっているという課題もある。それでも「オリンピックを機に問題の存在と解決方法に気づき、省庁間の縦割りの壁も乗り越えて、日本が、世界の貧困層の子どもの栄養改善支援で先頭に立つ国になってほしい」と渡辺代表は語る。