エチオピアにあるアジスアベバ・フィスチュラ病院を支援するNGO「ハムリンフィスチュラジャパン」は国際女性デーの3月8日、映画「ウォーク・トゥ・ビューティフル」(2007年、米国)を横浜市内のとわ助産院で上映した。助産師でバース・フィスチュラの啓発と支援活動を行う団体ララアースの小笠原絢子代表は上映会に登壇し、「バース・フィスチュラ(フィスチュラ)は女性の忌むべき病気として家族にさえ見捨てられる。まるで現代のハンセン病だ」と語った。
■10代半ばで出産する少女たち
フィスチュラとは、難産によって膣(ちつ)に穴が開く合併症だ。日本では1900年代に撲滅されたが、アフリカを中心に中東、南アジアなどの12~13歳で結婚させられる途上国の貧困地域では、いまなお200万~300万人の患者がいるとされる。東アフリカのエチオピアだけで毎年3700人が新たに発症するという。
10代半ばの未成熟な少女たちの出産で待ち受けるのは、時には1週間におよぶ難産だ。理由は骨盤が狭く、胎児が産道の途中で詰まってしまうから。胎児の頭部が膣の組織を圧迫することで、細胞が壊死し、穴となる。膀胱側に穴が開くと尿が、大腸側に穴が開くと便の排せつがコントロールできない状態となり、常に流れ出るふん尿に悩まされる。そのうえ胎児は死産となるケースがほとんどだ。
背景には圧倒的に不足する助産師と病院の数がある。フィスチュラは出産前に診断して、帝王切開の手術ができれば回避できる。エチオピアの医療体制や帝王切開のできる近代病院の普及が急務なのだ。
■家族からも忌み嫌われる
エミー賞受賞の映画ウォーク・トゥ・ビューティフルは、フィスチュラに苦しむエチオピアの女性たちと、治療し支える専門病院を描くドキュメンタリーだ。この映画に登場する女性のひとり、アイエフさん(25)は10代の時の出産で10日間もの難産となり、排せつ障がいに苦しむフィスチュラ患者だ。死産のあげく実家に戻ったアイエフさんは、簡素な小屋で隠れるように暮らす。食べ物が投げ込まれるのを待つだけの毎日だ。
「家を出て死のうかと思った。夫から離婚され、故郷に戻っても仕事がない。誰とも話せない。これでは生きているとはいえない」とアイエフさんは涙を流して語る。
フィスチュラ患者が家族からも忌み嫌われるのは、その臭気ゆえだ。現代のハンセン病といわれるのは、偏見から家族にも差別され、地域からは隔絶されるところが共通するため。我が子を失う苦痛に加え、本人さえ呪われた不治の病と誤解し、二重の絶望から自殺する人さえいる。
■手術で人生を取り戻す
フィスチュラは、穴をふさぐ手術と排せつの訓練によって元の生活を取り戻せる病気だ。アイエフさんも手術で治療できた。友人から、無料で治療できる病院の存在を聞き、必死の決断を経て、エチオピアの首都アジスアベバのハムリン・フィスチュラ病院へ行ったのだ。発症から6年が経過していた。
だが手術で治療できないケースもある。映画に登場するウバテさん(17歳)は、3回目の治療に挑戦したが、膀胱の一部が壊れているため、尿もれを治せない。そのほか、膀胱の神経が傷つき、排せつをコントロールできないケースもある。治ることに希望を託した女性たちが、再び絶望の淵へと落とされる姿は痛々しい。
不運な境遇に翻弄されながらも、女性たちは治療が成功して元の村に帰ったり、リハビリを続けたり、村に帰らず病院や孤児院で働いたりと、それぞれの道へとたくましく進む。
■祈るだけでなく行動を!
今回のイベントに登壇した小笠原ララアース代表がフィスチュラ支援を始めたきっかけは、上映されたウォーク・トゥ・ビューティフルとの出会いだった。2017年から、助産師を仕事にする人ならば、安産1件につき「ワンコインを寄付する」というワンコイン・プロジェクトを立ち上げた。助産師に限らず、本人の仕事で成果が出たら寄付しようというのが特徴だ。
ララアースは2018年度、患者3人分を治療する約20万円をフィスチュラ病院の財政を支えるフィスチュラ財団(米国)に送金した。フィスチュラ患者1人につき必要な費用は、手術とリハビリテーション代で約600ドル(約6万6000円)だ。
小笠原代表は「祈るだけでは何も変わらない。出産の最前線にいる助産師こそフィスチュラの啓発に率先して取り組んでほしい」と呼びかける。ララアースの寄付協力者は現在、身近な看護師や助産師たちから広がり20人となった。
ハムリン・フィスチュラ病院は、オーストラリア出身のキャサリン・ハムリン医師が1974年に開設したフィスチュラの専門病院だ。入院費や治療費はすべて無料。退院する際には新しい衣服と帰りの交通費が患者に手渡される。運営費は100%寄付。95歳のハムリン医師はノーベル平和賞に2度ノミネートされ、“現代のマザーテレサ”と評されるオーストラリアの英雄だ。フィスチュラ患者らは治療費が払えない最貧困層のことが多く、エチオピアの医師のほとんどは治療したがらないという。