ミャンマーの児童養護施設で野球を普及させる元高校球児ら、きっかけは届いた30人分のグラブ

人生初めての野球の試合の前に円陣を組むドリームトレインの子どもたちと、それを見守るサムライズの日本人選手たち(ヤンゴンのチャイカサン球場で撮影)

競技人口およそ100人。野球後進国のミャンマーで、野球の普及活動が活発になってきた。一役買うのは、ミャンマー在住の日本人で構成する野球チーム「ヤンゴン・サムライズ野球団」に所属する元高校球児らだ。サムライズが野球を教えるのは、ミャンマーの最大都市ヤンゴンにある養育施設「ドリームトレイン」の子どもたち。サムライズで監督を務める会社経営者の芳賀啓介さん(40)は「私はこれまで野球にお世話になってきた。目の前の子どもたちに野球を教えることで、野球に恩返しをしたい」と語る。

■日本人相手に勝利!

ドリームトレインの野球チームのメンバーは11~16歳の男女約20人。初陣は3月16日。相手はヤンゴンの日本人少年野球チームだ。試合はいきなり、ドリームトレインの先頭バッターがホームランを打って先制。攻撃陣の頑張りからそのままリードを保ち、8対3で勝利した。投手陣も踏ん張り、3人の少年の投手リレーが決まった。三振も奪った。

選手のひとりは「試合は緊張したけど楽しかった。日本人の友だちとも会えて嬉しかった。またやりたい」と笑顔で話す。試合中は敵味方に関係なく、ファインプレーをした選手には大きな歓声と拍手が送られた。

この試合でドリームトレイン の監督を務めたサムライズの中島洸潤さん(29)は「ドリームトレインにとっては初の対外試合。私自身も、試合前は楽しみと不安が入り混じって、不思議な緊張感があった。ところが見事に勝利。本当に嬉しかった。子どもたちの度胸とポテンシャルの高さに深く感心した」と振り返る。

プレーボールの前には、両チームの選手がグラウンドのごみを拾った。芳賀さんは「グラウンドの神様に感謝。自分たちがきれいにしたって思うと、子どもたちも大切に使うでしょ」と日本の野球精神も教える。

■ボールを打ったら一塁へ

ドリームトレインは、東南アジアを中心に医療活動を展開する認定NPO法人ジャパンハート(本部:東京・台東)が設立した養育施設だ。ドリームトレインに野球が持ち込まれたのは2016年。施設を支援する戸沢暢美財団から、グラブやバットなど、およそ30人分の野球用品が寄贈されたのだ。

この年の12月、ドリームトレインのプロジェクトディレクターである那須田玲菜さん(32) の依頼を受け、ドリームトレインの子どもたちにサムライズが野球教室を開いた。子どもたちは当時、野球の存在すら知らなかった。野球を身近に感じてもらおうと、キャッチボールやバッティングをまずは一緒に楽しんだ。

ドリームトレインは2018年12月、対戦相手を探していたヤンゴンの少年野球チームから試合を申し込まれた。だが実戦経験ゼロ。ルールもよくわからない。そこでサムライズがドリームトレインの指導を引き受けた。「ボールを打ったら一塁に走る」ということからストライクゾーンやファウルボールに至るまで、試合に必要なルールを一から子どもたちに教えた。

練習は週に3回。火曜日と金曜日は施設の運動場を使って、1~2時間ほどバッティングや紅白戦をした。運動場が小さいため、打ったボールがフェンスを越えて、施設内にある建物の屋根まで飛ぶこともしばしば。土曜日はヤンゴンのチャイカサン球場で、サムライズと一緒に練習した。練習中は、サムライズのメンバーが積極的に声を出す。その姿を見た子どもたちも、チームメイトに「ドンマイ」「すごいね~」と声をかけるようになった。

試合が近づくにつれ、子どもたちは自発的に毎日練習し始めた。練習ぶりを見てきたドリームトレインのボランティアスタッフ、山縣佳織さん(32)は「熱心に指導してくれるサムライズの思いに応えようという気持ちのあらわれだ」と話す。

■ミャンマーで野球に恩返し

野球の指導は仕事ではない。だがなぜ、元高校球児たちはミャンマーの子どもに野球を教えるのか。芳賀さんは「サムライズのメンバーは野球というスポーツに育ててもらい、野球を通して、チーム一丸となって勝利を目指す素晴らしさなどを学んだ。だから今自分がいる土地(ミャンマー)で野球に恩返しをしたい」と話す。

芳賀さんはまた、世界的に競技人口が少ないために、オリンピックの種目からたびたび外されてきた野球の現状にも危機感を募らせる。「野球人口を増やしたい。そのためにも野球を教えることに使命感がある。私たちがやらないとねって感じ」

サッカーが大人気のミャンマーで、野球を広めることは、子どもの人生に選択肢を増やすことにつながる。「サッカーは得意でなくても、野球の才能をもつ子もいるはず。野球でミャンマー代表に選ばれたり、日本でプレーできたりすることも。私たちの取り組みは、ミャンマーの子どもの将来につながる小さな一歩」と中島さんは語る。

野球の裾野を広げるには、点ではなく、線のような継続的な活動が大切だ。「今はまだ、ミャンマーで野球に触れる機会がある子どもはごく少数だ。今後はフェイスブックなどで多方面に呼びかけ、誰でも参加できる野球関連イベントを開催したい」(芳賀さん)

ドリームトレインの運動場で紅白戦をする様子

ドリームトレインの運動場で紅白戦をする様子

ドリームトレインの監督を務めたサムライズの中島洸潤さんは、守備や攻撃が終わって戻ってくる子どもたちをベンチで出迎えてハイタッチ

ドリームトレインの監督を務めたサムライズの中島洸潤さんは、守備や攻撃が終わって戻ってくる子どもたちをベンチで出迎えてハイタッチ