「カトマンズはマスクなしでも過ごせる。ダストフリー都市だ」。ネパールのオリ首相が5月に発したこの宣言をめぐって、カトマンズの住民らは「舗装していない道の土ぼこりはひどい。ダストフリーの街には程遠い」と反発している。土ぼこりの原因である道路の舗装工事を始めることを求めて「バンダ(デモ)」を起こし、カトマンズ市内の道路を封鎖した。
■口の中はジャリジャリ
首相のダストフリー宣言に納得する声は皆無だ。カトマンズ市内のトレッキング会社に勤務するラメッシュ・グルンさんは「カトマンズの空気は本当に汚い。今すぐに病気にならなくても、数年後は呼吸器系の病人だらけになっていそう」と心配する。
カトマンズで生活していると、汚い空気への対策は欠かせない。移動するときは歩きにしろ、車にしろ、マスクの着用は必須。マスクをしていても、たったの数分で口の中はジャリジャリ、髪は砂でギシギシになる。服を叩けば土ぼこりがあがる。コンタクトレンズは目の病気にかかるリスクがあるため使用は推奨されない。かといって眼鏡を使うと、すぐに汚れで視界が霞む。
カトマンズ盆地の空気が特に悪いと感じるのは冬だ。室内で過ごしていても、くしゃみが止まらなくなったり、頭痛が起きたりする。抗アレルギー薬を飲んで、頭痛を凌ぐ人もいる。家や宿泊場所に着いたらすぐ、せっけんで顔と手を洗い、ペットボトルの水でうがいをするのが生活者のルーティンだ。
実は、カトマンズの大気汚染のひどさは世界的にも折り紙付きだ。米国のエール大学とコロンビア大学は2019年1月、世界180カ国の大気環境や水衛生など10のカテゴリを数値化した「世界的環境パフォーマンス指数」を共同で発表した。ネパールは、大気環境のカテゴリで中国、インド、バングラデシュ、パキスタンを押さえ、ワースト1という不名誉な称号を得ている。
■主要道路2本を封鎖
カトマンズの空気は、ダストフリーとは到底いえないのが現状だ。そもそもなぜ、ネパール政府は現状と乖離する宣言を出したのか。
ネパールの人口環境相は1年前の2018年の3月、「向こう1年でカトマンズをダストフリー都市にする」と発言していた。カトマンズで雑貨店を営むプラディップ・シュレスタさんは「5月のダストフリー宣言は、1年で成果を出したとアピールしたかっただけでは」と推測する。
ネパール政府はダストフリー宣言の前、カトマンズ市と協力して、大気汚染対策を矢継ぎ早に始めていた。2018年の12月から高所得層が住むエリアで粉じん除去車の稼働をスタート。また2019年4月からは電気自動車用のスタンドを建て始めた。いずれも高所得者向けの対策だ。
政府のこうしたやり方に反発したのが、高所得者を除くカトマンズ市民だ。5月中旬から6月上旬にかけて市内でバンダを起こした。ダストフリーを標榜するのなら、道路の舗装工事を早く始めろ、というのが彼らの主張だ。
5月中旬のバンダは、カトマンズ観光の目玉であるボダナート寺院や外資系ホテルが点在するエリアで起きた。警察は催涙ガスを噴射するなどして取り締まったため、12人のバンダ参加者がけがをしたという。
6月上旬には、カトマンズ盆地内に続く主要道路4本のうち2本を住民らが封鎖した。これにより郊外から市内への通勤・通学者に大きな影響が出た。「道路を舗装してほしい。そうすれば土ぼこりが減り、カトマンズの空気は少しはきれいになるだろう」とカトマンズ市内で土地仲介業を営むサイレース・マハラジャンさんは言う。
■深刻なのは排ガス
気になるのは、大気汚染に対する住民の認識だ。住民のほとんどは「大気汚染=土ぼこり」と思っている。カトマンズポストやヒマラヤンタイムズといった地元の大手メディアも土ぼこりの被害ばかりを取り上げる。
だがカトマンズの大気汚染の原因の多くは、経済発展を背景に増えた車とバイクからの排ガスだ。排ガスに含まれる微小粒子状物質物質(PM2.5)や硫黄酸化物(Sox)、窒素酸化物(NOx)などをネパール政府は計測していないし、これらの公害物質が何なのか知っている住民も一握りだ。
また、2015年に起きた大地震の後の建設ラッシュで需要が高まるレンガを作る工場からの排煙にも、ススなどの汚染物質が含まれる。そのため工場の多い郊外の農村でも喘息患者が増えている。
大気汚染の源は土ぼこりだけではない。土ぼこりの次は“目に見えない汚染物質”。カトマンズの空気が排ガスの少なかった約30年前のようにきれいになるのはまだまだ先のことになりそうだ。