米国の経済制裁で物価が3倍になったイラン、「あす何が起こるかわからない」

夕方は家族づれにとってくつろぎの場となるテヘラン市内の公園。近くのイスラム寺院が流すアザーンも聞こえる

「ここ1年半で物価が3倍になった。あすの生活で何が起こるかもわからない」。こう不安を募らせるのは、米国への留学経験をもつイランの首都テヘラン在住の会社員アミルさん(仮名)だ。物価高の要因は、米国が2018年5月に再開した、イランと取引する企業に対して米国内でのビジネスをしにくくする「経済制裁」。市民の厳しい暮らしをなんとかしようとイラン政府は必死だ。

■1年で200円のハンバーガーが500円に

イラン政府の統計によると、4月のインフレ率は前年同月比で50%を超えた。食費に絞っても、ここ1年で肉や野菜の値段は2~3倍に上がったという。

イランの食事はパン、肉、野菜をサンドイッチにして食べるようなシンプルなものが多い。テヘランのスーパーマーケットに行くと、羊肉は1キログラム100万リアル(約1000円)、チーズ100グラム100円、ヨーグルト1リットル100円、コメ5キログラム1000円、植物オイル1リットル500円――と日本の値段のおよそ半分程度だ。

街の食堂で食べる場合、羊肉のバーベキューや焼きトマトが入った代表的なシシカバブやハンバーガー類は20万~50万リアル(200~500円)。日本だとビッグマックが390円ということを考えると、テヘランの食費は決して安くない。「4人家族だと、1カ月1500万リアル(約1万5000円)かかる」とアミルさんは言う。

家賃の負担も大きい。「テヘランでは少なくとも2倍になった。郊外に移る人も少なくない」(アミルさん)。インフレリスクをとりたい賃貸物件のオーナーは、賃料を目減りさせないようドルと連動した家賃にしたがるようだ。テヘラン市内の2部屋の賃貸アパートの家賃は1カ月だいたい400ドル(約4万3500円)だが、リアル建てだと、1年あまりで1500万リアルから4000万リアルへと2.7倍に上がった。

リアル建てで支給される給料は家計を直撃する。2019年3月21日(イスラム歴1月1日)に入って、政府規定の最低賃金は、3200万リアル(約265ドル)から36%アップの4300万リアル(約361ドル)になった。だが給料のアップ額はインフレに追いつかない。食費と家賃で消えてしまうのが実情だ。

経済制裁の影響はそれだけではない。輸入規制が、さまざま場面で日常生活を困難にしている。

外国製の冷蔵庫を直すと、部品が手に入らないため、以前とはケタ違いのお金を請求される。外国製の時計の輸入仕様の電池も、かつての3倍の値段だ。故障した車も路上でよくみかける。アミルさんは「外国製の正規のスペアパーツがないため、粗悪品が出回っている。車がよく壊れるようになった」と嘆く。

■物価が変わらないのはガソリンとナン

生活費の足りない分を支えるのが、イラン政府の補助金だ。小麦、ガソリン、電気、水、公共交通システムには補助金が入っている。このため値上がりしていない。「物価が変わらないのはガソリンとナンだけ」とアミルさんは言う。

ガソリン代は1リットル1万リアル(約10円)、火力発電が中心の電気代は標準世帯で1カ月50万リアル(約500円)、焼き窯のパンは家族1食分で5万リアル(約50円)と安い。

テヘラン市内では、水道の水を直接飲める。水道はほぼ100%普及しているので、水道代はさほど変わらない。これは市民にとって大きな助けとなる。

公共交通システムをみると、地下鉄、BRT(大量輸送バスシステム)、バス、路線タクシーの交通費は定額。1万リアル(約10円)から乗れる。

驚くのは、商店に行っても、品物が不足しているようすがないことだ。テヘラン随一のショッピングモールには、ブランドショップが多く入る。洋服、化粧品・アクセサリー、靴・バッグ、家具、電化製品、食器と並ぶ。食材コーナーにも肉、魚、野菜、フルーツ、食肉加工品、チーズ、缶詰、ナッツ、飲料、スパイスがずらり。日本のデパートと遜色ない。バザール(市場)や街の商店も同様だ。

輸出入に対する制限で、商品のコストは上がっている。だが食品に限らず、多くのモノがイラン国内で作られる。長年受けてきた経済制裁を逆手にイラン政府はかねてから、他国からの経済制裁や世界経済の動向に左右されない経済基盤づくりを提唱してきた。これを「抵抗経済」と呼ぶ。その方策のひとつである「イラン国内での生産体制」が強化されつつある証拠だろう。