「インドのモディ政権はヒンドゥー教徒を優遇し、イスラム教徒をコケにしている」。こう憤慨するのは、コルカタのスラムで小さな学校を経営するNGO「ティルジャラ・シェッド」のシャフコット・アラム代表だ。「困っている人がいたら宗教は関係なく助ける」と熱く語るシャフコットさんは、インドでは少数派のイスラム教徒。イスラム教徒への迫害をあおるモディ政権を強く批判する。
■「パキスタンに死を」
インドではここ数年、モディ政権のもと、ヒンドゥー教を讃える言葉をイスラム教徒に言わせようとする動きがインド各地で顕著になっている。代表的ものが「ジェイ・スリー・ラム(Jay Shree Ram、神様万歳)」「バラット・マタ・キ・ジャイ(Bharat Mata ki Jai、長生きする母なるインド)」「パキスタン・ムルダバッド(Pakistan murdabad、パキスタンに死を)」などだ。
こうした動きを象徴する出来事が6月、インド中部のジャールカンド州で起きた。ヒンドゥー教徒らが、24歳のイスラム教徒の男性に対して「ジェイ・スリー・ラムを唱えろ」と集団リンチ。男性は言われた通りに唱えたものの、警察に収容され、4日後に死亡した。
インド北東部のアッサム州では、若いイスラム教徒のグループが暴行され、ジェイ・スリー・ラムといったヒンドゥー教の言葉を唱えさせられた。また、西部の都市ムンバイでも25歳のイスラム教徒のタクシー運転手がヒンドゥー教徒に襲われた。
■トランプとモディは同類?
インドではヒンドゥー教徒が全人口の約80%を占めるのに対し、イスラム教徒は約14%しかいない。世界最大の民主主義国家と呼ばれるインドでは、ヒンドゥー教徒を優遇する政策を打ち出す政党ほど国民の支持を得やすいのが実情だ。現に、与党・インド人民党(BJP)は5月の下院議員選挙で、定数543議席中303議席と、マハトマ・ガンジーも所属したかつての最大政党・国民会議派の52議席を圧倒し、歴史的勝利を収めた。
少数派を排除し、多数派を極端に優遇する政策は、ドナルド・トランプ米大統領のやり方と共通する。モディ政権は、先の選挙で公約として、イスラム教徒が多数を占める北西部のジャムカシミール州の自治権の剥奪を掲げ、実際に8月に剥奪を決めた。
ヒンドゥー至上主義の蔓延はインド社会の安定にとって黄信号だ。インド経済はこのところ減速傾向が強く、2019年4~6月の国内総生産(GDP)成長率は5%と6年ぶりに低迷した。インド政府によると、資金難に苦しむ農家の自殺者は年々増え続けているという。
「私はイスラム教徒だから、ヒンドゥー教徒からばかにされてきた」(シャフコットさん)。ヒンドゥー至上主義の気運が高まれば、ヒンドゥー教徒の貧困層の不満の矛先がイスラム教徒へ向かうことは安易に予想できる。ヒンドゥー教徒とイスラム教徒による衝突が表面化する危険性もはらむ。
■差別をなくせるのは愛
インドで暮らす貧しいイスラム教徒を助けよう、とシャフコットさんの父が32年前に立ち上げたNGOが「ティルジャラ・シェッド」だ。
活動の柱は、イスラム教徒が多く住むスラムで、ウェストピッカー(ごみを拾って生計を立てる人)の子どもたちが通う学校の運営と政策提言(アドボカシー)だ。ただイスラム教徒に限らず、ヒンドゥー教徒やキリスト教徒も支援するという。
シャフコットさんは、実は7歳までスラムに住んでいた。キリスト教の高校に進み、その後、名門コルカタ大学で人権を学ぶ。「イスラム教徒は、ヒンドゥー教徒に比べて福祉分野のサポートが受けにくい。だから私は恵まれない人を助けたいと思った」と話す。
ティルジャラ・シェッドは、スラム5カ所で小さな学校を運営している。1日3部制の学校は朝9時半から夜9時まで開いている。通うのは小学生から高校生までさまざま。公立の学校とほぼ同じカリキュラムで、ベンガル語や英語、数学、理科などを教える。
教科書やペンはすべて寄付でまかなう。ティルジャラ・シェッドが無料で給食も提供するという。給食があるから子どもを学校へ通わせる親も少なくない。
ティルジャラ・シェッドはまた、出生証明書や有権者カードなどを貧困層が取得できるよう行政と交渉し、サポートもする。その結果、同団体が活動する地区では、出生証明書をもつ住民の割合は10%から95%に増えた。この中にはイスラム教徒だけでなく、ヒンドゥー教徒も含まれる。
シャフコットさんは言う。「困っている人がいたら助ける。ただそれだけのこと。宗教は関係ない。愛だけが差別をなくす」