2年以内にインドのコルカタで深刻な水不足が起こる――。これを回避するため2人のインド人ビジネスマンが立ち上がった。彼らは1つ100ルピー(約150円)の水栓(タップ)を使い、垂れ流し状態の水を止めるプロジェクト「フィックス・フォー・ライフ」をこの5月から始めた。
■給水所の水の6割は無駄
インドの英字紙タイムズ・オブ・インディアによると、コルカタ市内には、貧しい人が飲み水を無料で手に入れられる公共の給水所が1万7000カ所ある。ところがタップがなく、水は流れっぱなし。この無駄をなくそうと、タップをつけて節水しようというのがフィックス・フォー・ライフの目的。旅行会社のオーナーで、このアイデアを思い付いたビジェイ・アガルワルさんは「給水所の水の60%は使われず、無駄になっている」と説明する。
3カ月前に始まったこのプロジェクトではすでに350個のタップを取り付けた。フィックス・フォー・ライフの立ち上げ人のひとりで、デザイン会社社長のパンカジ・マルーさんによると、350個のタブで節水できる量は1日525~700キロリットル 。年間に換算すると19万2000~25万6000キロリットルにのぼる。これは東京ドーム(124万キロリットル)の容量のおよそ5分の1に相当する。
タップの仕入れ値は1つ100ルピー(約150円)。インドの会社が作り、格安で提供してもらっているという。これをビジェイさんらがポケットマネーで購入する。これまでに負担した金額は3万5000ルピー(約5万2500円)だ。「2年以内には、コルカタにあるすべての公共給水所にタップをつけたい」。仮にすべてをポケットマネーで捻出した場合、その金額は170万ルピー(約255万円)になる。
「スポンサーを募集している。こないだも(インドの政府系会社である)ライフ・インシュランス・コーポレーション(LIC)でプレゼンした。結果は待っているところ。ただスポンサーが集まらなくても、自分たちのポケットマネーでやり続ける。このプロジェクトがストップすることはない」(マルーさん)
タップを取り付けるのは、ビジェイさんらだけではなく、学生や社会人でつくるボランティアチームだ。仕事や学校が休みの土日を使って、1回で40~50個のタップを設置する。取り付けるのは簡単。1個だいたい3分。長くても10~15分で終わるという。
何気にこだわっているのは取り付ける時間帯だ。朝の7~10時と決めている。「コルカタでは、公共の給水所から水が出るのは朝の3時間と夕方の3時間の1日2回。この時間帯に行くと、地元の人が集まっている。そこでタップを付ける必要性をみんなに説明する」(マルーさん)
■神様がくれたチャンス
自腹を切ってまでマルーさんらがタッププロジェクトを進めるのはなぜか。マルーさんは言う。
「私は、いまでこそ従業員150人を抱えるデザイン会社を経営している。だけど最初に就いた仕事は事務のアシスタント。月給はわずか300ルピー(現在のレートで約450円)だった。22年でここまで成長したのは神様のおかげ。その恩を社会に返したい」
インドではいま、水不足が大きな社会問題となっている。デリーやチェンナイ、ハイデラバード、バンガロールなどの状況はすでに深刻。コルカタも2年以内に重大な水不足に見舞われると推測される。
「インドはいま変わらなければいけない。その機会を神様が私にくれたと思っている」とビジェイさんは力強く語る。
■カギは意識改革
難しいのは、タップを取り付けさえすれば、水不足を解決できるわけではないこと。そこにはインド人13億人の意識改革が欠かせない。「オーナーシップ(当事者意識)がないから、人は水を無駄遣いする」とビジェイさんは言う。
タップを取り付けているとき、集まった人たちにビジェイさんはいつもこんな話をする。
「私の仕事はタップをつけること。あなたたちの責任は、水を使ったらきちんとタップを閉めること、タップが壊れたら直すこと。タップがしっかり閉めなければ、水は流れっぱなし。それで何の意味もない」
「Save Water Save Life(水を守ることは生活を守ること)」と書かれたステッカーをボランティアチームは学校で配っている。子どもたちが学校や家庭の水場などに貼ることで、節水意識を高めることが狙いだ。このステッカーは、マルーさんの会社のデザイナーが作ったものだ。
節水はまた、川の汚染を防ぐことにもつながる。インドではいまだに、川で洗濯したり、体を洗ったりする人が少なくない。その結果、川が汚れ、そこに生息する魚も汚染されるという問題が起きている。
「公共の給水所から出る水を節約すれば、人々はそこで洗濯や水浴びができる。川や湖・池に行く必要がなくなる。その結果、川の汚染は予防できる。大切なのはいかに水を賢く使うかだ」(ビジェイさん)
ビジェイさんらは、コルカタにあるすべての公共の給水所にタップをつけた後、水不足が深刻なデリーやチェンナイをはじめ、インド全域にも普及させたい考えだ。さらにバングラデシュやミャンマーといった近隣国にも拡大していくという。
とはいえ節水と啓発だけでは水不足は根本的に解決しない。マルーさんは「(水の絶対量を増やすため)海水を淡水化する技術を日本企業に安く提供してほしい」と期待を寄せる。