「マルチリンガルを武器にインドから脱出したい」。こう語るのは、名門コルカタ大学英文学科を2019年7月に卒業し、現在は日本語を勉強中のインド人スネハシス・ムガジさん(23)だ。在学中は夜中の2時から朝8時まで週5日働きながら学んだ“インド版二宮金次郎”の目標は、日本で翻訳の仕事をすること。連載「今のインドに生きる若者たち」の第一弾では、日本への脱出を望むエリート学生を取り上げる。
■卒業できたのはたった3%
コルカタ大の英語学科のムガジさんの同級生で卒業できたのはたったの3人。入学時の同級生95人の3%ちょっとだ。同級生の多くは、毎年1回の進級テストで、合格ラインの正答率40%に届かず、次々と中退していった。「過去40年で正答率75%を超えた人はいない。それくらい大学で英語を専攻することは難しい」(ムガジさん)
中退者が多いのはなぜか。その理由は入学試験がないことにある。英語学科へは、高校卒業試験のスコアで50%以上とれば入学できるという。「これはとても緩い基準だ」とムガジさんは肩をすくめる。
インドでは学校によって、授業で使う言葉が変わる。公立の学校はヒンディー語やベンガル語(コルカタの場合)、私立の学校は英語なのが普通だ。生徒の英語力に差が出るのは当然。この差を埋めるという目的もあって、大学入学の間口を広くしておくとの意向も働いているようだ。
ムガジさんの大学時代は過酷な日々だったという。年間3000~8000ルピー(約4500~1万2000円、上の学年ほど高くなる)の授業料を自分で働いてまかなっていたからだ。
「週5日、夜中の2時から朝8時までコールセンターで働いた。そのあと仮眠をとって、夕方3時から夜8時までは大学で勉強。大変だったけどなんとかしてやり遂げたよ」と当時を振り返るムガジさん。1カ月の稼ぎ1万2000ルピー(約1万8000円)の4割は家族の生活費にあてていたという。
■無宗教の日本で働きたい
ムガジさんは今、コルカタの日本語学校に週2回通う。幼いころからドラえもんやアンパンマンなどのアニメを見て、日本に親しみを感じていた。
だが日本語を学ぶモチベーションはアニメだけではない。日本で翻訳士になるという目標をかなえるためだ。
ムガジさんが日本で働きたい一番の理由は、日本は宗教の意識が薄いから。「自分はバラモン(最上位のカースト。歴史的にはヒンドゥー教の司祭の役割を担う)出身。だから母親はとても信心深い。でも何か問題に直面したとき、ただ神様にお祈りするのは違和感がある。問題を解決するにはロジカルな考え方が必要だと思う」
宗教のほかにも、カーストや権力者とのコネクションといった、個人の実力以外で判断されるところに嫌気がさすと顔をしかめる。
インドでは、優秀な人材の海外へ出ていく「頭脳流出」が問題になっている。英語と日本語以外にヒンディー語やベンガル語など、6つの言語を操るムガジさん。2020年8月からはコルカタ大の修士課程で英語を学ぶ予定だ。翻訳士の資格をとって日本に行きたい、と夢を膨らます。