「人身売買や性暴力の被害を受けたネパールの女の子におしゃれを楽しんでもらった。そのときの笑顔が忘れられない」。日本の女子大生2人が2018年に立ち上げたのが「椿プロジェクト(運営:NPO法人DREAM-Hack)」だ。プロジェクトリーダーを務める京都外国語大学4年の谷口瑞歩さん(22)らは2019年9月、「ティージ」というネパールの女性の祭りにあわせて、カトマンズとポカラのシェルターを訪問。女の子85人にサリーをプレゼントし、メイクとネイルもしてあげた。
■クラウドファンディングで106万円!
椿プロジェクトがサリーを届けたシェルターには、8~18歳の女の子が生活する。この多くは、インドに売られたり、ストリートチルドレンになって性暴力を受けたり、2015年のネパール地震で親を亡くし、預けられた先でレイプされたりした女の子たちだ。
椿プロジェクトがサリーをプレゼントした理由は、ティージは年に一度の女性の祭りであるのに、シェルターの女の子たちは着飾ることができないからだ。ネパールの女性は伝統的にこの日は新しいサリーを身に付ける。だがシェルターには、女の子全員のサリーを新調するお金がない。
活動費用はすべてクラウドファンディングでまかなった。7月11日に開始して、わずか1カ月で目標の100万円以上の105万7353円を達成。155人が寄付してくれた。谷口さんは「睡眠時間を削って不安と闘いながら準備を進めた。あのころは気が狂ったかのように動いていた」と谷口さんは笑う。
資金の用途は、新しいサリー、メイクやネイルの道具、ピアスやブレスレット、髪飾り、現地での移動費、日本語を話すネパール人通訳の謝礼、豪華な食事の材料など。「ティージのお祝いでご馳走を出すために、女の子たちが普段は食べられないお肉、ご飯、カレーのスパイス、豆などを買って、シェルターのスタッフに作ってもらった」と谷口さんは振り返る。
■おしゃれは心を明るくする
サリーの値段は1着5000ルピー(約5000円)程度。シェルターの女の子にとっては高価だ。どんなサリーを着たいのかをシェルターのスタッフが事前に調べてくれた。谷口さんと椿プロジェクトの前リーダーである和洋女子大学4年の尾島心さん(22)がネパール入りした後、シェルターのスタッフと一緒に、赤や緑、黄色などのサリーを買いに行った。
「新しいサリーを着た瞬間の女の子たちの自信に満ち溢れた表情がとても印象的だった」と語る谷口さん。最初にサリーに着替えた女の子が「見て!」とみんなの前に姿を現し、誇らしげにサリーを着た自分を見せつけた。それを見た他の女の子たちは「早く私も着たい!」と着替える部屋に向かって駆け出したという。
「私は黄色が好きなの!」「このサリーのこの部分がお気に入りなの!」。女の子たちが嬉しそうに発したこの言葉を聞いて、谷口さんは思わず号泣した。「いまでも忘れられない瞬間。本当に頑張って良かった」と思いを馳せる。
谷口さんらは、華やかなサリーの衣装に合わせて、女の子たちにメイクやネイルもしてあげた。尾島さんの妹で、美容専門学生の尾島音々さんが描いた花の絵のネイルは、女の子たちをいっそう喜ばせた。
女の子たちは、シェルターのスタッフが用意したアクセサリーや髪飾りも身に着けた。普段は髪をひとつにまとめるだけの女の子たちもこの日ばかりは髪飾りを使ってきれいに髪を結っていた。
「きれいな格好で着飾って自分たちのおしゃれを楽しむことは女の子を幸せにする要素のひとつだと思う。椿プロジェクトの活動は人身売買の根本的な解決にはつながらない。でも女の子たちの心を、未来を明るくすると信じている」(谷口さん)
■自分にできることは何もない
椿プロジェクトが始まったのは2018年12月だ。きっかけを作ったのは尾島さんだった。
18年8月、尾島さんはカトマンズに短期で英語留学していた。英語だけではなく、ほかのこともしたいと思い、ネパールの問題に取り組む日本のNGOであるDREAM-Hackに連絡してみた。DREAM-Hackの紹介で尾島さんはカトマンズのシェルターを訪問。人身売買の現実を初めて知った。
「人身売買を解決したいと思った。だけど自分にできることは何もない。それでも何かしたいと思った」(尾島さん)
尾島さんにはひとつ気になったことがあった。ティージにシェルターを訪問したにもかかわらず、女の子たちはだれもサリーを着ていなかったことだ。「悲しくなった。新しいサリーを買ってあげることなら自分にもできると思った」(尾島さん)
椿プロジェクトはこうして立ち上がった。そこに加わったのが、昔から洋服が好きで、国際協力にも興味があったDREAM-Hackのメンバーの谷口さんだった。「途上国支援×ファッション」というアプローチで活動したいとの思いをかねてから抱いていたという。2人の思いが重なった瞬間だった。
2人には夢がある。それは来年(2020年9月)のティージを、前回よりパワーアップすることだ。「大きな会場をカトマンズで借りて、ネパールで一番大きいティージをやる。そうすることで、別々のシェルターに分かれて暮らす姉妹が再会できる空間を作れる」(谷口さん)