女性は人生で3回“結婚”する、というネパールの首都カトマンズの周辺で暮らすネワール族の風習が廃れつつある。ネワール族の女性は伝統的に、4~7歳で「果物」と、7~14歳では「太陽」と、20代になったら「男性」と結婚する。ただ親も子もかつてのように時間がなくなったため、太陽と結婚する儀式もいまは簡素化されてきた。
■果物なのに「いまの夫と似ている」
ネワール族の女性にとって最初の結婚相手となるのは、「ベル」と呼ばれる果物の実だ。形と大きさは小さなナシのよう。とても硬い。ネワール族以外の民族はベルの果汁を飲む。ネワール族にとっては神聖な果物のため飲まない。
ベルの実をとってくるのは、結婚の儀式を執り行うヒンドゥー寺院の僧侶だ。畑に生えている木からもいでくる。ベルの実を僧侶は儀式の最中に少女にこっそりと渡す。キズや穴が付いていない、きれいな実が結婚相手として人気だ。
ベルが結婚相手に選ばれるのは、表面が硬く、何年経っても中の果汁が腐らないからだ。ユニークなのは、実の形は将来結婚する男性の姿に似ているといわれること。カトマンズ在住の看護師、ビマラ・マハラジャンさん(39歳)は「私の実家にいまもあるベルは、いまの(人間の)夫の姿に似ている。少しふっくらしているけど縦長の形だったの」と話す。
ベルは家の中の神聖な場所に置き、大切にする。ベルが割れたり、腐ったりすると、少女は赤い服やアクセサリーを身に着けることができなくなる。ネパールでは既婚女性が赤のものをまとう習慣がある。これはベルとの結婚でも同様だ。
■夫が死んでも守ってくれる
2回目の結婚相手は太陽だ。初潮の時期にあわせ、少女は太陽と結婚する準備のため、光の入らない部屋に入る。伝統的にはここで12日間過ごす。少女は一日中、友だちや親せきの女の子と石を使って遊んだり、踊ったり歌ったりしたりする。部屋の中に入れるのは女性だけだ。
この期間にはまた、食事の制限がある。初めの4日間は塩、卵、肉が含まれないものを、その後は牛乳、肉、干飯(コメを蒸して乾燥させたもの)を食べる。
太陽が結婚相手に選ばれる理由は、誰にとっても太陽は必ず空にいなくてはならない存在だからだ。「少女はみんな、同じ太陽と結婚する。太陽との間に子どもができるわけではないので、太陽はたくさんの少女と結婚しても大丈夫」とビマラさんは笑う。
2回の結婚ではもちろん、結婚届は出さない。結婚の儀式として礼拝を執り行うだけ。その後は何もない。少女たちは普通に学校へ行く。
「結婚を2回終えた少女は身体的にも大人になる。いつでも3度目の結婚をして子どもを産める状態になる」(ビマラさん)。ネワール族の女性にとって、2度の結婚は「成人した」という証になるのだ。
ネワール族にとって2回の結婚の儀式は、3度目の本当の結婚が上手くいくことを祈るもの。結婚した男性が先に死んだとしても、ベルと太陽が女性を守ってくれる。寡婦にならなくて済むとの言い伝えがあるという。
■1年8カ月分の収入をつぎ込む!
2回の結婚の儀式はまるで盛大な宴会だ。親せきや友だちを集め、ネワール族のお祝いの料理である水牛の肉、野菜と香辛料の炒め物をみんなで食べる。トウモロコシやヒエを発酵させた自家製のお酒ロキシーも飲む。食事を作るのは親せきの女性たちだ。
少女へのお祝いもある。家族や親せきは、100~1000ルピー(約100円~1000円)のお金、服を作るためのきれいな布、学校で使う筆記用具などを少女に贈る。
ところが近年はこうした習慣が簡素になりつつある。2回目の太陽との結婚の儀式も、かつての「家に12日」から、いまは「ヒンドゥー教または仏教の寺院に2日程度」へと変わった。ビマラさんは「いまは親も忙しいし、子どもは学校も休めない。仕方ない」と話す。
宴会も昔は家の中でやっていた。だが最近は結婚式のパーティー会場を使うように。食事の値段はいまや招待客1人当たり安くても1500ルピー(約1500円)かかるという。400人ぐらい参加することを考えると、1年8カ月分の収入を費やすことになる。
ビマラさんは言う。「私に娘はいない。ただ現在の少女のほとんどは、私が27年前に経験した2回目の12日間の儀式を知らない。昔の風習が受け継がれず、消えていくのはとても悲しい。自らの文化や風習に誇りをもって生きるネワール族がいなくなっていくかもしれない」