コロンビア南部の山奥にあるプトゥマヨ州からメデジン市内の貧困地区のひとつビジャティナにやって来て49年が経つおばあちゃんがいる。カメンツァ族のマリア・ロサ・ミティカノイ(74)さんだ。酒好きだった内縁の夫の失踪、息子が犯した殺人事件、孫夫婦の育児放棄、先住民差別と壮絶な人生を送ってきた。今は、依頼を受けて好きな伝統工芸を使ったり、ひ孫にカメンツァ族の言葉を教えたりと「人生で一番幸せな時間を過ごしている」と言う。
◼️豚殺しで故郷を脱出
ミティカノイさんが生まれたのは、カメンツァ族が暮らす、エクアドルとの国境沿いにあるプトゥマヨ州のシブンドイだ。育ての“親”は、54歳も年が離れた兄だった。中学を卒業し、すぐに料理の仕事に就く。「子どものころ、人生の目標は特になかった」と話す。
内縁の夫は、酒好きの兄の知り合いだった。村では珍しく、2人は結婚をしなかった。「彼の両親が裕福な女性との結婚とを望んだから」(ミティカノイさん)
内縁の夫は、木こりの仕事で稼いでいた。長男、長女、次女、三女の4人の子どもに恵まれた。
25歳のとき内縁の夫が、近所の人が育てていた豚を殺したことが原因で争いになり1人で村を飛び出した。残されたミティカノイさんも、復讐を恐れ、後を追うように子どもと一緒に村を飛び出した。たどり着いたのが、コロンビアの第2都市メデジンだった。
◼️「先住民は診たくない」
メデジンに着いた当初は、フルーツやエンパナーダ(大きな揚げ餃子のようなもの)を売り、生計を立てた。20年ほど前にはメデジン市内でレストランを経営していたという。店内で3人が殺される事件が起き、ギャングに狙われたりした。
内縁の夫は酒好きで浪費が激しかった。ミティカノイさんが買い物に必要なお金を要求すると「自分で働け」と叱責された。「思い出したくない記憶だ」。その後、内縁の夫はほかに女性を作り、家を出て行った。14年前に亡くなったという。
長男はメデジンで結婚し、子どもも生まれた。だが妻に浮気をされた。怒った長男は妻の浮気相手を殺してしまい、シブンドイへ逃げるように戻った。さらに、2人の間に生まれた子どもはグアタペに行った際、事故で亡くなった。
長女には息子がいた。その息子は、結婚した妻とともに麻薬に溺れ、子ども(ミティカノイさんにとってのひ孫)を置き、どこかに行ってしまった。三女はカメンツァ族の男性と未婚のまま娘(ミティカノイさんにとっての孫)をもうけた。このひ孫と孫は、今はミティカノイさんと一緒に暮らす。
ミティカノイさんの4人の子どもの学歴はすべて中卒だ。1人だけSENA(コロンビアの国立職業訓練校)にも行った。「生活が苦しかったら、子どもたちには働いてもらった」
メデジンでは民族差別にもあった。15年ほど前に病院へ行ったとき、医師から「先住民は診たくない」と言われた。娘は怒ってクレームをつけようとしたが、ミティカノイさんは問題を大きくしたくないため行動を起こさなかった。ミティカノイさんによると、今は先住民差別はないという。
◼️楽しみは医療ドラマ
今となっては、故郷よりもメデジンの方が生活しやすいとミティカノイさんは話す。一番の理由は稼ぎやすさだ。「故郷では仕事を探すのも大変。だけど街で生まれた方がいいと思ったことは一度もない」
今は、50歳になった三女、24歳の三女の娘(ミティカノイさんの孫娘)、6歳のひ孫と4人暮らし。家賃は月約30万ペソ(約9700円)だ。生活費は、三女と三女の娘が揚げ物を週6日売って稼ぐ。1日平均6万ペソ(約1900円)の売り上げだ。
ミティカノイさんは、カメンツァ族の伝統の消滅に危機を感じている。カメンツァ族は独自の言語を話す。娘や孫は聞いて理解はできるが、話せない。ミティカノイさんはひ孫に、自分たちの言葉で数字の読み書きを教えている。「先住民であることは自慢と誇りだ。残す必要はある」と言い切る。
ミティカノイさんは4年前から、先住民協会が開催するイベントで年3回ほど、自分で作った伝統的なアクセサリーを売る。アクセサリーの値段は、小さいものは5000ペソ(約160円)、大きいものだと4万ペソ(約1300円)。売り上げは1日3〜4個売れると、15万ペソ(約4800円)になるという。「民族の伝統を伝えられる嬉しさだけでなく、家計の助けになるのも嬉しい」と淡々と話す。
起床は朝5時だ。午前は娘が売る揚げ物を作る手伝いをする。午後はたまに伝統工芸品を制作し、夜は、ラテンアメリカで大人気の医療ドラマ「エンフェルメラス」を見るのが日課だ。「好きな伝統工芸品を作りながら、娘とのんびりと過ごしている今が一番楽しい」とミティカノイさんはにんまりする。