トウガラシパウダーはがんになる? 安全を切り口に売り上げ急増のスタートアップがミャンマーにあった

ソーラードライヤー内で乾燥中のトウガラシ(ナチュラル・ファーム・フレッシュ・ミャンマーのフェイスブックページより引用)

「ミャンマーで加工されるほとんどのトウガラシにはカビ毒が含まれる。肝臓がんになる人も増えてきた」――。ミャンマー政府が2016年に発表したこの調査結果を受け、改革に乗り出したスタートアップ会社がある。ヤンゴンに本社を置くナチュラル・ファーム・フレッシュ・ミャンマーだ。安全なトウガラシパウダーを広め、ミャンマー国民をがんから守ることを目指す。

■水分含量は4%以下

ナチュラル・ファームの事業柱は2つある。1つは、カビ毒を除去したトウガラシパウダーを作って売ること。もう1つは、太陽光発電を使った食品乾燥装置「ソーラードライヤードーム」を販売することだ。

トウガラシパウダーの商品名は「ミスタースパイシー(ウー・サットチー)」。最大の特徴は、水分含量が4%以下であること。これはカビ毒の繁殖が難しいことを意味する。

「ソーラードライヤーを使えば乾燥は4日で終わる。これまでは10日ぐらいかかっていた。研究所に送って、(カビ毒の)アフラトキシンが除去されているかどうかを検査したところ、結果は0%だった」(ナチュラル・ファームの創業者ネイウー氏)

ミスタースパイシーは2017年9月に生産をスタート。いまではヤンゴン市内のルビーマートやホールセール、シティマートなどのスーパーマーケットの店頭で並ぶようになった。シティマートで売られるミスタースパイシーの価格は160グラム入りで2000チャット(約160円)、80グラム入りで1400チャット(約120円)。他社の類似品と同じぐらいの価格に設定している。

ネイウー氏は「(多くの類似製品があることから)ミスタースパイシーを店に陳列してもらうため、数えきれないほど営業して回った。トウガラシの加工品市場に対するナチュラル・ファームのシェアはまだ0.01%ぐらい。少しずつ伸びてはきている」と手ごたえを語る。

ミスタースパイシーの生産工場は、ミャンマー中部のマンダレー管区ミッター地区にある。4つのソーラードライヤーを設置し、地元農家から買い上げたトウガラシを乾かす。現在の契約農家の数は25だ。

ナチュラル・ファームはこの3月、ミスタースパイシーに続いて「「ミセススパイシー」を発売した。値段は、25グラム入りで200チャット(約15円)。量が少ないぶん値段も下げた。低所得層にも安全なトウガラシパウダーを届けることが目的だ。

■2年で売り上げ28倍

ナチュラル・ファームの2つめの事業は、自社工場でも使うソーラードライヤーの販売。このシステムを導入してくれた農家と専属の取引契約を結び、農家が育てたすべての乾燥トウガラシをナチュラル・ファームが買い取る。「乾燥させることで腐らせずに済むし、結果として農家の収入は25%増えた」とネイウー氏は胸を張る。

だがソーラードライヤーを買ってもらうのは大変な道のりだったと共同設立者のソーペイン氏は語る。

ソーペイン氏は、ミャンマー全土の農家を営業で回った。最小型のソーラードライヤーでも値段は1250万チャット(約96万円)。ミャンマーの農家の平均年収が80万チャット(約6万円)のおよそ16年分だ。

「ソーラードライヤーのメリットは理解してもらえる。ただ値段を聞くと足踏みされてしまう。そこでソーラードライヤーを使って育てたトウガラシをすべて買い取るシステムにしたんだ。そうすれば農家は固定収入を手にでき、生活が安定する。それでやっと契約してもらえた。契約書を交わすまでは長い時間がかかったよ」(ソーペイン氏)

乾燥トウガラシの取引量の増加は雇用創出にもつながる。2016~18年にナチュラル・ファームが工場で雇った労働者の数は110人にのぼるという。

ナチュラル・ファームの売り上げは順調に伸びている。ソーラードライヤーと自社加工製品の総売り上げは、2017年の1950万チャット(約150万円)から2019年には5億5289万チャット(約4200万円)と28倍に急増している。

■肝臓がんは死因4位 

ナチュラル・ファームの設立は2016年。きっかけは食卓に毎日上るトウガラシパウダーだった。同社の設立者ネイウー氏は、ミャンマーのスーパーの店頭に並ぶほとんどのトウガラシパウダーに「アフラトキシン」というカビ毒が含まれているとする政府発表を見て危機感を覚えた。「家族には有害なものを口にしてほしくない」。それなら自分で安全なものを作ろうと考えたのだ。

アフラトキシンは、熱帯から亜熱帯の地域にかけて生息するカビ毒。肝細胞のがんを引き起こす原因物質だ。なかでもアフラトキシンB1は、天然の発がん性物質の中では強力なもの。「アフラトキシンは、パウダーにするためにトウガラシを乾燥させる過程で発生しやすい」(ネイウー氏)

トウガラシにカビ毒が発生する原因は、天日干しで乾燥させる従来の方法だと濡れてしまうためだ。また野犬に舐められたり、虫がついたり不衛生。

重さを増やすため、乾燥後のトウガラシに意図的に水を含ませる農家もいるという。重さによって値段が決まるからだ。水分含量が高いトウガラシはカビ毒にとって絶好の繁殖地になってしまう。

トウガラシパウダーはミャンマー料理に欠かせない調味料。世界保健機関(WHO)の2017年の調査によると、ミャンマー人の死因で4位(2万2842人。全体の5.78%)が肝臓がん。カビ毒(アフラトキシン)を含むトウガラシパウダーの存在はもはや社会問題。ちなみに死因トップ3は脳卒中、冠状性動脈疾患、結核だ。

食品の安全は自分の手で守る。安全な食とミャンマーの発展のため、ナチュラル・ファームの挑戦は続く。

ミスタースパイシーの商品。左上からしょうが、ターメリック、下2つはトウガラシ(パウダーと実入りとの2種類)。トウガラシのひげが生えたキャラクターが目印

ミスタースパイシーの商品。左上からしょうが、ターメリック、下2つはトウガラシ(パウダーと実入りとの2種類)。トウガラシのひげが生えたキャラクターが目印

ナチュラル・ファーム・フレッシュ・ミャンマーの共同創業者であるネイウー氏(左)、ソーペイン氏(右)。2人は高校の同級生だ。(ヤンゴンにある事務所の前で撮影)

ナチュラル・ファーム・フレッシュ・ミャンマーの共同創業者であるネイウー氏(左)、ソーペイン氏(右)。2人は高校の同級生だ。(ヤンゴンにある事務所の前で撮影)