ミャンマーでコロナ感染者「ゼロ」は本当か? 国民からの信頼を試される政府

中国と国境を接するシャン州のラショー空港では、保健スポーツ省が2月上旬から臨時の検疫チームをつくり、対応にあたる

新型コロナウイルスの感染者「ゼロ」を誇るミャンマー(3月19日現在)。しかしミャンマー政府のこの発表を信じない人も多い。代わりの情報源となっているのはフェイスブックだ。3月12日には、フェイクニュースが投稿され、市内のスーパーに一時、客が殺到する事態も発生。本当はすでに感染者がいるのでは、と憶測するミャンマー人の不安が噴出した。日増しに警戒レベルが上がるヤンゴンから現状をリポートする。

■感染者を政府は隠す?

「ヤンゴンのようすはどうだ? パニックは続いているか?」

ヤンゴンの大型スーパーマーケット、シティマートに人々が殺到した騒動から2日後、ミャンマーの地方都市に住むビルマ族の知人男性(56歳)から電話がかかってきた。

「もう落ち着いているよ」と答えると、彼は安心したようにこう言った。「ありがとう。本当の情報が欲しかったんだ」

中国と約2000キロメートル(青森から鹿児島の距離に匹敵)にわたり国境を接するミャンマー。国境を越えた人やモノの出入りは多い。2019年にはミャンマーを訪れる観光客の中で中国人は最多の45万人を数えた。

このため中国の武漢で新型コロナウイルスが大流行した1月下旬、ミャンマーでも感染が広がると誰もが覚悟していた。だがミャンマー政府の発表によると、感染者数は3月19日現在、まさかのゼロだ。

保健スポーツ省は連日、ウェブサイトで、新型コロナウイルスの情報を発信している。感染が疑われる人の数、検査の結果を待つ人の数、陰性判定の数。こうした人たちがどの病院に何人いるかなど、かなり細かくアップデートしている印象だ。

地元紙も、政府が発表する患者発生情報を追いかける。英字紙ミャンマータイムスの3月の報道をみても、「感染の疑いのある患者5人のうち4人は陰性」(4日付)、「残りの1人も陰性」(5日付)、「肺炎患者が3人死亡したが全員陰性」(9日付)といった具合だ。

ところが政府の発表を信じていないミャンマー人は少なくない。ヤンゴン大学に通う女子学生エイニーさん(21歳、仮名)もそのひとりだ。「本当はもう感染者が出ているけど、政府がそれを隠しているんじゃないかってみんな噂している」と話す。

政府の発表はもちろんチェックしている、と言うのは、ヤンゴン在住の会社員ザートゥエさん(32歳、女性)。「ただそれが100%信じられるか、と聞かれると、信じている、というより信じたい。でもミャンマー政府だからね。念のためフェイスブックでも、患者が出ていないかダブルチェックしているの」

■SNSは災いか?

フェイスブックで3月12日、新型コロナウイルスのフェイクニュースが流れた。内容は、ミャンマー政府が集会を1カ月禁止する予定であること、ミャンマー中部のマグウェ管区でついに陽性患者が出た、というものだ。その日、首都ネピドーで新型コロナウイルスに関する緊急事態会議が開催されたことに付随して生まれた「うわさ」だった。

だが最大都市ヤンゴンと第2の都市マンダレーでは、しばらく買い物に行けなくなることを危惧した市民たちがスーパーマーケットに殺到。シティマートではレジに1時間待ちの長蛇の列ができた。在庫の補充が追いつかず、一時閉店の騒ぎになったという。

これは、起こるべくして起こった、といえるかもしれない。「政府発表をフェイスブックでダブルチェックする」というザートゥエさんの言葉どおり、ミャンマーではフェイスブックはすでに、政府の発表に匹敵する情報源として機能しているからだ。

フェイスブックが2019年に発表した調査によると、ミャンマーのフェイスブック利用者数は約2100万人(国民の約4割)。これは、ミャンマーのインターネット利用者数とほぼ同じ数。フェイスブックは、インターネットを使うミャンマー人がほぼ例外なくアクセスする情報の巨大プラットフォームとなっているのだ。

ただそのおかげで、フェイスブックが政府を監視する役割を果たしている、との見方もある。

ヤンゴンのNGOで働くメイニンピュー医師(40歳、仮名)は、新型コロナウイルスについての政府発表は信じると断言。「もし陽性患者が見つかったら、たとえ政府が隠そうとしても、周囲の人がフェイスブックを使って一気に拡散するだろう。現時点で『政府が感染者の存在を隠している』というのは、考えにくい」と持論を述べる。

■マスクの値段は10倍

ミャンマー人が抱く不信感は、政府に対してだけではない。病院への抵抗感も根強い。ミャンマー北東部のシャン州で働くミョージーさん(37歳)は言う。

「ミャンマーの公立病院はサービスが悪い。誰も行きたがらないよ。とにかく待ち時間が長い。患者を蔑むような態度をとる医療者も多いし。医療費は本来無料なのに寄付を要求されることもある」

そのためミャンマー人の多くは、軽いけがや体調不良では病院にかからない。「病院に行く人が少ないから、新型コロナウイルスの感染者が発見されていないのでは」と外国人を含むミャンマー在住者は口をそろえる。

感染者がもしいるのなら、うつらないように身を守らなければならない。ところがヤンゴンの薬局では使い捨てマスクの品薄状態が続く。たとえ売っていたとしても値段は以前の10倍。メイニンピュー医師は「以前は1枚50チャット(3~4円)だったけど、今は600チャット(42円)になった」と嘆く。

品薄と価格高騰もあって、ヤンゴンの街中でマスクをしている人は圧倒的に少数派だ。

■ヤンゴンで失業者1万人

ミャンマー政府は3月13日、すべての大規模集会を4月30日まで中止・延期することを決めた。毎年4月に開かれるミャンマー最大のイベント「水祭り」(ずぶ濡れになるまで水をかけあいながら新年を祝う伝統行事)も、隣国タイに続き中止となった。

16日には社会福祉省が、ミャンマー全土で幼稚園を一時閉鎖すると発表。情報省も同じ日、国内のすべての映画館を4月末まで閉館することを決めた。また20日以降は、小学校から高校まですべての学校が、公立私立を問わず休校となる。

外国からの人の出入りも厳しく制限され始めた。16日には、タイへ出稼ぎに行ったミャンマー人労働者(推定400万人)の帰国を“制限”。19日には、外国人の陸路によるミャンマー入国が全面的に禁止となった。

ちなみに制限のやり方は2つあるようだ。1つは、水祭り(ミャンマー正月)にあわせて、タイで暮らす出稼ぎ労働者がミャンマーへ里帰り(再入国)する際、1000バーツ(4万4000チャット=約3400円)を払わせること(通常はゼロ)。もう1つは、ミャンマーから再びタイへ戻った場合、14日間隔離され、そのあいだは働けなくなるというものだ。

新型コロナウイルスはミャンマー経済にも大きな影響を与え始めた。地元紙イレブンニュースによると、ヤンゴンではすでに、中国資本の工場で働く人をはじめ1万人を超える労働者が職を失った。ホテル観光省も、2019年に436万人だった観光客は2020年、200万人程度に半減以下となると予測する。

ミャンマーではこの11月、総選挙が控えている。54年ぶりの文民政権誕生と世界から注目を集めてから4年。アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権にとって初めて、国民の審判が下ることになる。中国からの投資を呼び込み、経済成長の実績を残したいアウンサンスーチー氏にとって、コロナショックは大きな逆風になるかもしれない。

ヤンゴンのショッピングセンターでは2月上旬から、入り口での体温測定が始まった。37.5度以上だと多くの場合、中に入れない

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保健スポーツ省のホームページでは新型コロナウイルスの情報が連日アップデート。3月20日時点で175人が検査を受け、感染者はゼロ

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