「マイクロファイナンス(少額の融資)だけで貧困は解決できない」。そう断言するのは、ミャンマー最大の都市ヤンゴンに本社を構えるマイクロファイナンス機関の「MJIエンタープライズ」の最高経営責任者(CEO)、加藤侑子氏(36)だ。
「お金のせいで悲しむ子をなくす」というミッションを掲げ、事業開始から5年の間におよそ3万人に融資を行い、所得向上を助けてきたが、現場ではしばしば融資だけでは解決できない問題に直面してきた。2020年、MJIは融資の枠を超え、孤児への無償の教育支援や、未就学女性への学びの場の提供など、社会貢献事業に挑戦しようとしている。
■マイクロファイナンスは貧困の特効薬ではない
マイクロファイナンスは、貧困層の人々に対し、土地などの担保なしに数百ドル単位の少額のお金を貸す仕組みだ。借り手がそれを元手に、村の商店や仕立屋などの小規模ビジネスを始めることにより、自立を促すのが狙いだ。加藤氏は8年前、29歳で初めてミャンマーに渡り、同年にMJIを立ち上げ、2015年よりマイクロファイナンス事業を開始した。これまでにヤンゴンなど10カ所に事務所を設け、融資先はこれまでおよそ約3万人に及ぶ。
しかし、加藤氏は「マイクロファイナンスは貧困の特効薬ではない」と言う。「人々が貧困から脱け出すためには、お金を借りられるだけでは不十分。借りたお金が生計を向上させ、子どもの未来に投資されなければならない」
実際の現場では、融資によって生計が向上しても、子どもの教育に使われないケースも多い。加藤氏は、とりわけ困難な例として、母親と死別するなどした孤児を挙げる。農村部では、孤児は村の親戚の家などに引き取られることが多いが、引き取り先の世帯も経済的に苦しい場合が多く、孤児は十分な教育が受けられない傾向にあるという。
そこで、2020年新たに挑戦しようとしているのは、孤児になった子どもに、継続して教育費をサポートする給付型の支援だ。本来孤児への融資は、貸したお金を回収できる見込みがないため、既存の枠組みではほぼ不可能だが、加藤氏は「たとえMJIだけではできなくても、パートナー機関を見つけて連携するなど、実現できる方法はある」と意欲を見せる。
さらに孤児へ教育費を給付することは、新たな問題も起こしうる。孤児が義親に育てられている場合、孤児に給付を行うことで、義親の実子との間に軋轢を生んでしまうリスクだ。義親も貧困世帯である場合、実子は教育を受けられないのに、孤児は教育費をもらって学校に行けるという格差が生じることになる。加藤氏は、教育費の給付だけでなく、孤児や義親へ定期的なヒアリングや、学校の出席状況の継続的なモニタリングを通し、孤児が教育にアクセスできているかをチェックするなど、長期にわたり各世帯に伴走する仕組みを立ち上げることも目指している。
■石を口にしていた子ども、マイクロファイナンスの限界
加藤氏をこうした新たな事業へと突き動かす要因のひとつは、MJIから融資を受けていても貧困から脱却できなかった利用者の姿だ。加藤氏が話してくれたのは、ある衝撃的な光景だ。「利用者の子どもが、石を食べていたんです」
2018年3月、「ローンを返済できなくなった利用者がいる」とMJIのスタッフから聞いた加藤氏は、ヤンゴン郊外の村の家庭を訪問した。その家には、なんと屋根がなかった。売るものがなくなり、先日とうとう屋根まで売ったのだという。家の中にある金物は鍋ひとつ。子どもは空腹のあまり、石をしゃぶっていた。融資3年目の利用者だった。返済能力がない以上、会社としては融資を打ち切らざるを得なかった。
このような事例を見るにつけ、加藤氏は「融資だけでは不十分」と痛感してきた。「ビジネスとしては、返済能力のある人に貸すことが大事。でも、返済がままならないような人が、きちんと返し続けられる経済状態になるように支援することも、とても大事なんです」
こうした思いが、加藤氏を教育の無償支援などの新たな事業に突き動かした。2019年12月、加藤氏は「貧困によって生じる社会問題を解決する会社になる」と社内宣言を出し、貧困問題と改めて向き合う覚悟を示した。加藤氏の言葉を借りると「事業が拡大していく過程での原点回帰」でもあり、「自分たちに突きつけた挑戦状」でもあるという。
■教育が育てる意志と可能性
加藤氏がこれほどまでに子どもの教育に力を入れる理由は、加藤氏自身の貧困生活の経験だ。小学生のころに父親が事業に失敗し、経済的に困窮。最終的に家も抵当に取られた。大学進学は、諦めざるを得なかった。
家が貧しいことによる影響を加藤氏はこう語る。「小さいころから、うちはお金がない、大学には行かせられない、と言われていると、進学したいとか海外に行きたいとか思っていても“そう思っていない”と思い込むようになる。自分の意志や可能性を、無意識に手放してしまうんです」
事実、ミャンマーでの顧客の中にも同様に、経済的理由で就学や夢を諦めた人が大勢いる。特に女子は、一般的な貧困家庭において真っ先に消費を削られることが多い。加藤氏は、そのような女性に対しても、ビジネスや自己啓発をはじめ、芸術などの教養に至るまで、様々な教育の手段を提供していきたいと考えている。
■ミャンマーのマイクロファイナンス、その今後は?
加藤氏のようなマイクロファイナンスの担い手は、ミャンマーで次々に頭角を現している。ミャンマーマイクロファイナンス協会の調べによると、2019年時点で約180機関が計約340万人にサービスを提供している。日本からも、AEONや大和証券などの大手企業がマイクロファイナンス事業に進出。ヤンゴンや第2の都市マンダレーなどではこのところ、市場が飽和し始めているとも噂される。
それでもマイクロファイナンス市場は拡大の一途をたどっていて、近年は農村部に多くの機関がサービスを拡大中だ。こうしたサービスを通じて国民の貧困層の所得向上につなげようと、ミャンマー政府による規制緩和も進む。
これまでマイクロファイナンスは、小規模ビジネスの起業・運営を目的とした融資しか認められていなかったが、2016年には消費財や耐久財の購入のための融資も認められるなど、政府の度重なる通達によって要件が緩和された。また現在は、5人組のグループをつくり連帯保証とすることで無担保での貸付を受けるのが一般的だが、今後、有担保での個人貸付ローンも解禁される見込みだ。利用者はさらに増えるとみられており、今後、MJIのように、多様なサービスを提供する会社が増えてくることも予測される。
いつか“貧困層”がいなくなったら、マイクロファイナンス機関はどうなるのだろうか。加藤氏は「マイクロファイナンスが貧困層のためのものなら、そんなもの貧困もろともなくなってしまえばいい。でも解決すべき社会課題は、貧困を脱却した後も残るはず。私たちはファイナンスのプロとして、課題や悩みを抱えるお客様に伴走し続けたい」と将来を見据える。