コンゴ民主共和国におけるエボラ出血熱は、2018年8月に同国の保健大臣によって流行が宣言されてから1年半以上の時間を要しているものの、収束の兆しが見られている。2019年、現地で支援活動に携わった、国立国際医療研究センターの市村康典医師が先ごろ、都内で行われた報告会に登壇。収束までに時間を要している要因として「流行地域が反政府組織の多く住む地域と重なっており、支援に対して拒否的な人々が多いこと」との見方を示した。
エボラ出血熱は、エボラウイルスによる感染症である。致命率が高く、血液や体液との接触によりヒトからヒトへ感染することが特徴だ。公衆衛生環境が悪い地域では大きな流行になりやすく、アフリカ中央部を中心にこれまでに20回以上の流行が報告されている。コンゴ民主共和国だけでも、1976 年から過去10 回にわたりいくつかの地域でエボラ出血熱の流行が起こっている。2013年末から2014年夏には、西アフリカ (ギニア、リベリア、シエラレオネ)で爆発的に流行し、世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern: PHEIC)」を宣言している。
WHOによると、2018年8月に流行が宣言されて以来、コンゴ民主共和国では、2020年2月4日までに確定例3306例と高度疑い例(症状があるが、確定診断に至っていないもの) 123例を含む3429例が報告され、うち2251症例が死亡(全体の致死率は66%)(Disease outbreak news)。同国で史上最大の症例数、死亡者数を更新していたが、患者報告数は徐々に減少が認められ、3月3日には最終症例が退院した。その後、42日間患者発生がないと、終息宣言となる予定だ。
今回の流行は、北東部の北キブ州で感染が確認されたのが始まりだ。北キブ州内の小さな町マンギナからベニに広がり、ブテンボという人の出入りの多い商業都市に広がったことでさらに感染が拡大した。また、ルワンダとの国境に近い東部の都市ゴマや、隣国のウガンダでも感染者が認められたことを受けて、WHOは2019年7月18日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(Public Health Emergency of International Concern: PHEIC)」を宣言した。この緊急事態宣言は、感染症が発生国から他の国へ拡大する危険があり、国際的な対応が必要になることを意味する。
市村氏は、感染症による被害に対して支援を行う日本の国際緊急援助隊(JDR)感染症対策チームの2次隊として、2019年8月23日から9月9日までコンゴ民主共和国に派遣された。JDR感染症対策チームは、西アフリカで感染が拡大したエボラ出血熱への対応を踏まえ、国際的な感染症の流行により効果的に支援を実施するために立ち上げられた。ただ流行地域の北キブ州やイトゥリ州は、日本の外務省海外安全情報で危険度レベル 4(退避勧告)にあたるなど治安が悪いこともあり、隣のチョポ州キサンガニや首都キンシャサで活動した。
今回のJDR感染症対策チームの派遣で実施したのは、主にラボ機能・診断機能の評価、医療従事者向けの感染管理研修、検疫機能の強化だ。「隣接州でいつエボラ患者が発生するかわからないという状況だったので、エボラの患者にどれくらいに対応できるかを評価することが重要だった」と市村氏は語る。
特に検疫機能の強化には力を入れた。エボラ流行地の隣接州であるチョポ州には、隣接州とチョポ州州都キサンガニを結ぶ幹線道路がある。人や物資の往来が盛んな幹線道路で検疫、調査活動の支援を行うことで、隣接州からの感染拡大を防ぐことを目指した。
検疫所では、JDRがサーモグラフィを使用した体温測定、問診および隔離用テントを設置。さらに指導する検疫官の教育を行った。「検疫班の尽力により、動線を意識して検疫所を作ったのが良かった。私達がいなくなっても検疫を継続していくことが大事だ」(市村氏)
エボラ出血熱には有効なワクチンがあり、ワクチン接種は流行の比較的早期から始まっている。主要なものは、ドイツの医薬品会社メルク社によって開発されたワクチンだ。市村氏によると、これまでに27万人以上に接種されている。2019年11月には、ジョンソン・エンド・ジョンソンが開発した「第2のワクチン」と呼ばれるワクチンの接種が開始され、これまでに6300人を超える人々に接種されている。ワクチンの接種はリング接種(Ring Vaccination)と呼ばれる方法で、患者の接触者や最前線で働く医療者を中心に行われた。
「感染者が増えるにつれ接触者の洗い出しが困難になってきていた。ワクチンの接種を拒否する人もいることや、ワクチンの供給が追い付いていないことなど課題は多かった。だが結果的に効果を出すまでに時間を要したものの、一定の効果を示したと考えられる」(市村氏)
なぜ国際機関や各国のNGOが介入しているのにもかかわらず、収束にむかうまでに多くの時間を要したのか。その理由について、市村氏は「流行が発生している地域には反政府勢力などが位置していることや、住民が政府や他国へ不信感を持っており支援に拒否的であるためではないか」と考察する。
最も症例が集中する東部は、民主同盟軍(ADF)、ルワンダ解放民主群(FDLR)など100以上の反政府武装勢力がいまなお支配する。武装勢力同士の衝突や市民への襲撃が地域全体で頻発する中、エボラ対応のためのNGOの施設に対する攻撃も起こっている。2018年8月27日には東部のベニで、大統領選の延期に抗議するデモ隊が「国境なき医師団」が運営するエボラ治療センターを襲撃した。2019年2月には、北キブ州のカトゥワとブテンボにある2ヵ所のエボラ治療センター(ETC)が襲撃を受けている。
背景には国連や国際社会への不信があるとの指摘がある。この地域では、20年以上、内戦が続いてきた。1996年の第一次コンゴ戦争の発端となったルワンダ大虐殺の際に、多くのルワンダ難民が流入したのがコンゴ民主共和国(当時はザイール)の東部だ。その難民キャンプにルワンダ政権が攻め入り、一般住民も含めて殺戮された。この事案により、国民の政府への不信感、また、この行動を放置した国連など国際社会への不信感が醸成されたという。SNSでも、流行地域を中心にうわさが流れている。「エボラは感染症ではない、化学兵器だ」「救急車は人々を運ぶが二度と戻ってこない。村に救急車を入れてはいけない」などだ。
「流行を抑えこむために必要なのは、ワクチン接種や追跡調査、地域住民への健康教育、安全な埋葬など、基本的なこと。しかし支援への攻撃や地域住民からの不信感によって、必要な活動が阻まれてしまう」と市村氏は語る。
このような状況下では、体調が悪くなったりエボラに似た症状が出たりした人を、治療センターに連れてくるのも困難になる。症例の3分の1が死亡後にエボラだったと診断される。つまり症状があっても治療にアクセスできてない人が多いため、支援の効果が発揮されていない。「よそ者の私たちが指導しても効果は薄い。現地でリーダーを育て、少しずつ正しい情報を広め、理解を拡げていくことが必要だ。啓蒙活動を地道に行うことが重要だ」と市村氏は語る。