世界が新型コロナウイルスの対応に追われる裏で、内戦が激化している地域がある。ミャンマー西部のラカイン州だ。アラカン(ラカイン)族の武装勢力「アラカン軍」に対するミャンマー国軍の攻撃が激しさを増し、多くの民間人が巻き込まれて死傷している。4月20日には世界保健機関(WHO)の職員も、新型コロナの検体を輸送している最中に何者かに銃殺された。
■15万人以上が国内避難民
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が4月29日に出した声明によると、ラカイン州と隣のチン州の一部で国軍は、学校や仏教寺院、民家などを空爆している。国軍は4月13日にも、ラカイン州チャウセイ村を砲撃。これにより3歳と7歳の子ども2人を含む8人の民間人が殺され、17人が負傷した。国軍の攻撃を受けて国内避難民になった民間人は15万7000人にのぼる。
OHCHRはまた、アラカン軍との関係が疑われる数十人の民間人男性が国軍により逮捕、拷問、殺害されたことも指摘した。ラカイン州ティンマ村では3月22日に700軒の民家が燃やされたあと、10人の村人が失踪。その後、首を切られた村人の遺体が近くの川で見つかったという。
4月20日にはラカイン州ミャウー郡で、新型コロナの検体20人分を運んでいたWHOの車両の運転手が何者かに銃撃されて死亡した。この事件が起きたことで今後、国連など援助団体のラカイン州での活動はこれまで以上に大変になりそうだ。国軍とアラカン軍はともに関与を否定している。
■ネット遮断でコロナ拡大か
民間人にとっての脅威は戦闘だけではない。ラカイン州とチン州の計9つの地区では2019年6月から、インターネットへの接続が遮断されたままだ。およそ100万人の住民がインターネットを通じて情報を入手できない状況が続く。ミャンマー政府がこうした措置をとる背景には、アラカン軍などの武装勢力がインターネットを使って組織化するのを防ぐ狙いがあるとされる。
だが新型コロナの感染が拡大していくなかで、情報にアクセスできないことは住民の不安を募らせる。特に、村や家を焼かれた国内避難民の多くは、難民キャンプや寺で集団生活をしているため、新型コロナの感染拡大リスクが高い。これに対し、ミャンマー政府は「ラジオやテレビで情報を出している。そのためネットの遮断は新型コロナ対策に影響を与えることはない。携帯電話やショートメッセージで連絡も取りあえる」と説明する。
しかし国内外から批判の声は大きい。3月25日にはミャンマーの最大都市ヤンゴンで学生団体が反政府デモを実施し、ラカイン、チン両州でのインターネットの接続再開を訴えた。また4月に、アウンサンスーチー国家顧問らが新型コロナに関する会議をフェイスブックライブで中継したところ、何人もの視聴者がコメント欄に「ラカイン州とチン州でネット接続を再開し、コロナ対策を」などと書き込んだ。
政府は5月3日、9つの地区のうちの1つでインターネットを再開すると発表。だがいまだに8つの地区でネット接続は制限されたままだ。
■アラカン軍をテロ認定
ラカイン州はイスラム教徒のベンガル系住民「ロヒンギャ」に対する迫害で世界的に有名になった場所だ。だがラカイン州の治安をいま脅かすのは、多数派を占める仏教徒アラカン族で構成されるアラカン軍。2009年の結成以来、ミャンマー政府に対してアラカン族の自治権を認めるよう要求してきた。
アラカン族には、紀元前から現在のラカイン州で仏教王国を築いてきた歴史がある。ミャンマーの人口のおよそ7割を占めるビルマ族への反発心も強い。1948年にミャンマーが英国から独立し、ラカイン州が開発から取り残されて最貧困地域になると、国家の中枢であるビルマ族への反感はいっそう大きくなった。
こうした不満をぶつける形で、アラカン軍は2019年1月から武力闘争を本格的に開始。同年10月には警官や兵士を彼らが乗ったフェリーごと拉致、またチン州でも国会議員を誘拐するなど、ミャンマー政府に対して過激なやり方で敵対してきた。
ミャンマー政府は当初、カチンやシャンといった他の少数民族の武装勢力と同じように、アラカン軍とも和平交渉を重ね、解決の糸口を探った。だが埒が明かず、ミャンマー政府は2020年3月23日、アラカン軍を「不法テロ組織」とついに認定。交渉のテーブルから降りた。
アラカン軍は4月2日、新型コロナの世界的流行を理由に1カ月の停戦を申し出た。しかしミャンマー政府はこれを無視。戦闘を激化させている。