新型コロナウイルスでサブサハラ(サハラ砂漠以南の)アフリカが「意外な健闘」を見せている。アフリカ疾病予防・管理センター(アフリカCDC)が5月12日に発表した統計によると、アフリカ全体の新型コロナによる死者は累計で2336人。だがこの半分以上(1227人)を占めるのが北アフリカ7カ国・地域(西サハラ、モーリタニア含む)で、サブサハラアフリカに限ると1109人と少ない。また、感染者の数をみてもサブサハラアフリカは4万3351人。メキシコやオランダの数字とほぼ同じだ。
■パンデミックの経験が生きる
新型コロナが世界各地で広がり始めたころ、アフリカの主要各国は5月半ばまでに1万人以上の感染者を抱えるとの予測もあった。だがいまのところ、「良い方に外れた」といえる。アフリカでの新型コロナの拡大について日本のメディアは悲観的な報道をするケースが多いが、欧米のメディアは逆。むしろ「健闘している」との評価が一般的だ。
アフリカはなぜ、健闘しているのか。
その理由について、アフリカ日本協議会で国際保健部門のディレクターを務め、日本とアフリカの保健分野の市民社会組織の連携・協力を担う稲場雅紀氏はこう説明する。
「意外でも何でもない。アフリカは普段から、エイズや結核などの巨大なパンデミックに対応している。また、マラリアをはじめとする急性感染症、エボラウイルス病などの重篤な新興感染症とも向きあってきた。それぞれの国が、保健システムが脆弱であることを強く認識しているから、新型コロナ対策も迅速だ」
アフリカ連合を中心に、大陸レベルでの連携が強化されていたことも功を奏している。今回は特に、2014年に西アフリカで発生したエボラウイルス病を教訓にして2016年に立ち上がったアフリカCDCが、アフリカ諸国の新型コロナ対策をリードした。
新型コロナの感染者がまだ数えるほどだった3月初め、アフリカCDCは「合同アフリカ大陸COVID-19戦略」を策定。サブサハラアフリカ各国でロックダウンや国境封鎖の措置を進めた。各国の空港では、すでに整備されていたマニュアルに沿って、2月の段階で封鎖や消毒、検温、隔離などの措置をとった。
南アフリカ共和国では、まだ死者が1人もいない段階(3月26日)で、国家レベルの強力なロックダウンに踏み切った。アフリカで国レベルのロックダウン措置をとっているのは現在20カ国。夜間外出禁止令を出しているのは32カ国に上る。
新型コロナの陽性・陰性を確認するPCRなどの遺伝子検査も、国によっては大規模におこなわれている。南アフリカ共和国はPCR検査数で日本をはるかに上回る。ガーナもこれまでに12万件を超えるPCR検査を実施。人口比に換算すると日本の3倍だ。
「結核を診断するための遺伝子検査装置が、アフリカには国際的な支援のもと津々浦々に導入されてきた。これが、新型コロナの遺伝子検査にも活用されているのではないか」と稲場氏は推測する。
■増える肥満・スラムの3密
サブサハラアフリカはこのまま新型コロナを抑え込めるのか。
「結論を出すのはまだ早い」と稲場氏は言う。
新型コロナで重症化するのが主に高齢者。これを踏まえれば、40代以下の人口が80%を超えるサブサハラアフリカは「若い大陸」だ。ただこうした強みがある一方、懸念点もある。
それは、新型コロナは高齢者だけでなく、肥満や高血圧、糖尿病などの非感染性疾患を抱える人、結核や大気汚染に由来する肺疾患などをもつ人、免疫力が弱まっている人などで重症化する割合が高いからだ。
サブサハラアフリカでは、都市の貧困層を中心に、肥満や非感染性疾患が急速に増えている。「これは、新型コロナに脆弱な人口が多くなっているということだ」(稲場氏)
アフリカの都市貧困層のあいだでなぜ、肥満や非感染性疾患が増えているのか。
都市型の食生活や清涼飲料水の消費拡大が大きな原因だ、と稲場氏は指摘する。「安全な水がなくて、コカ・コーラなどが安く売られている。都会では水の代わりにコーラを飲む。また、油、塩、砂糖などが大量に入っているジャンクフード、酒、たばこなどの会社のマーケティングも活発だ。貧困層は食の選択肢が少ない。肥満や非感染性疾患を誘発する栄養価の低い食べ物に依存せざるをえない」
アフリカの大都市では、大気汚染を原因とする肺疾患も拡大している。大気汚染に由来する病気で命を落とす人は全世界で年間800万人といわれる。
また、多くの都市貧困層が暮らすスラムは川沿いの狭い地区に多い。3密は日常だ。きれいな水やせっけんなどの入手が難しく、満足に手を洗えないという事情もある。
■SDGsの取り組みが大事
ロックダウンで、エイズや結核の感染者が服用する薬が届かない問題もある。肺の病気や免疫不全の患者が、適切な治療を受けられないまま新型コロナにかかれば重症化する確率は高まる。
医療従事者や物資の不足も深刻だ。アフリカは医療従事者が先進国と比べて少ない。これまでは看護師が医者、コミュニティーヘルスワーカーが看護師の代わりを務める「タスクシフティング」が進められていた。
だが新型コロナは感染力が強い。また患者の扱いに専門的な知識も必要だ。このためシフティングは難しい。個人防護具(PPE)も、米国をはじめ各国が買い付け競争している状況ではなかなかアフリカに回ってこない。
こうした理由から、アフリカでは中長期的に新型コロナの感染が拡大し、重大な問題になる可能性が高い、と多くの国際機関は推測する。国連アフリカ経済委員会(UNECA)は、アフリカでは今後、30万人が死亡し、2700万人が極度の貧困に陥るとの見通しを発表した。
稲場氏は言う。
「第一波は、普段から感染症に取り組んできたアフリカの強みを生かせる状況にあった。しかし感染が広がり、特に都市の貧困層の中にウイルスが入り込めば、克服は難しくなる。
(そうならないように)新型コロナの対策と並行して、非感染性疾患やエイズ・結核の対策などを徹底してやり、加えて、大気汚染を含め、新型コロナに脆弱性をもたらす環境的要因にも本気で取り組むことが必要になるだろう。つまりSDGs(持続可能な開発目標)をベースとした包摂的・統合的な取り組みが大事だということ」
中国や欧米がアフリカを支援する動きもすでに見え始めた。アフリカには、百万人に上る中国人が住み、拠点となる都市を中心に多くの欧米人も生活する。
「中国はすでに、アフリカCDCなどとの連携をベースに、大陸レベルで新型コロナ対策への支援を展開している。欧米もアフリカでの新型コロナ蔓延は放置できないだろう」
新型コロナはグローバルな危機。国の単位を超え、世界全体で新型コロナを克服する取り組みは欠かせない、と稲場氏は訴える。