新型コロナウイルスを取り巻く南アフリカ共和国の事情を報道したNHK のテレビ番組について、同国在住の日本人らが「アフリカは怖いという偏見に基づいた報道だ」と抗議の声をあげた。ダーバン在住で通訳・翻訳者の吉村峰子さんは5月6日、アフリカ日本協議会(AJF)が開いたオンラインセミナーで「南アのラマポーザ大統領を支持する声は実際に多い。正しい姿を報道してほしい」と訴えた。
■犯罪は激減していた
ことの発端となったのは、4月30日のNHK BS1国際報道2020「南アフリカ・学校まで略奪〜新型コロナで社会崩壊寸前」だ。
この番組は、NHKの別府正一郎ヨハネスブルク支局長が、貧しい黒人が暮らす地区で収入が途絶えた人たちによる略奪や暴動が続いていることを現地から報告したもの。
この番組を見た吉村さんは5月2日、自身のブログにNHKに対する抗議文を掲載し、それに多くの南アフリカ在住の日本人が賛同した。「アフリカは怖い、といったステレオタイプのイメージありきの番組の作り方だと思った」と吉村さんは語る。
公開した抗議文の中で問題視するのは主に3つだ。
1つめは、NHK国際報道のツイッターでは当初、「南アフリカが治安崩壊でロックダウン解除」という見出しでこの番組が宣伝されたことだ。現在はこのツイッターは削除されている。
「この放送は、経済的理由から各地で暴動が起き、その結果ロックダウンを解除するしかなくなった、という事実と違う情報で番組の宣伝をしていた。だがロックダウンが始まってから緩和されるまで、ラマポーザ大統領はその都度、状況や理由をていねいに国民に説明している。(ロックダウンの段階的な解除は)偶発的に起こったことではない」と吉村さんは強調する。
南アフリカでは、ロックダウンをレベル1~5に分類し、どの業種が営業再開をしていいのか、個人の行動がどれだけ許されるかなど明確に規定されている。ラマポーザ大統領は、経済活動と感染拡大防止のバランスをとるべく計画的にロックダウンを解除している。
2つめは、暴動の背景が正確に報道されていないことだ。
番組では、「食べるものに困った民衆がスーパーマーケットを襲った」との印象を与える暴動の映像が流されていた。だが実際に多く襲われたのはスーパーより酒屋だという。
ヨハネスブルク在住で旅行業を営む高達潔さんは「貧しい人が飢え死にしないために襲うのであればなぜスーパーではないのか。酒屋が襲われた理由は、南アのロックダウンではレベル4、5ともにアルコールとたばこの販売が禁じられているからだ。南アは酒好きが多い。酒が欲しい人が酒屋を襲う。だがこうした背景は報道されない」と憤る。
犯罪件数も7分の1から~3分の1に激減。地元メディアのIOLによると、ロックダウンが始まった週と2019年の同じ週を比べると、殺人は326件から94件、レイプは699件から101件、ハイジャックや強盗は8853件から2098件にそれぞれ減っている。
■検査率は日本の4倍
3つめの問題は、番組の中で東京のスタジオにいたコメンテーターの発言。「南アの感染者は5350人にもなるのに、ロックダウンの解除は大丈夫なのか」と述べたことについて、吉村さんは「人口当たりの検査数は日本より南アのほうが多い。(そうした事情を知らないのにもかかわらず)上から目線のように感じた」と話す。
南アフリカの検査率は日本の4倍。同国政府によると、5月18日時点の検査数は47万5071人だ。日本の検査数は厚生労働省の5月18日の発表で25万151人。人口1万人当たりに換算すると、南アフリカの82.2人に対して日本は19.8人でしかない。
ヨハネスブルク在住で、アフリカでのテレビ番組制作などに携わるリン・ロビンさんによると、南アフリカが検査数を増やすことができた理由のひとつが、私立のクリニックや大手薬局チェーン「ディスケム」でも検査が可能であることだ。私立のクリニックや薬局でできる検査は約1000ランド(約5800円)。主に富裕層向けだ。
南アフリカ政府が運営する貧困層向けの公立病院でも検査を受けられる。高達さんは「公立病院では初診料を払うだけでほぼ無料で検査してもらえる。対象は熱やせきなどの症状がある人。感染が疑わしい人や彼らと接触した人が優先となる。貧困層もきっちり抑えていくという方針だ」と説明する。
■国民は「大統領よくやった!」
「ロックダウンにかかわる大統領の国民演説は、人種を問わず多くの国民から強い支持を得ている」と吉村さんは言う。
南アフリカのロックダウンの流れはこうだ。
最初の感染者が確認されたのは3月5日。ラマポーザ大統領は3月23日の国民演説で、3月26日~4月16日の21日間にわたる厳格な外出禁止(ロックダウン)を呼びかけた。
当時ヨハネスブルク在住で、NGO職員としてエイズプロジェクトに従事した経験をもつ青木美由紀さんは「ロックダウンが発令された時点の死亡者はゼロ。対応の早さに大統領よくやった、という声があちこちから聞こえてきた。エイズの感染と闘ってきた経験が生きている」と政府の対応を評価する。
感染者の伸び率はその後、1日平均4%と、ロックダウン前の42%から大幅に下がった。だがロックダウン終了による感染拡大を懸念した大統領は4月9日の国民演説で、ロックダウンを4月30日まで延期すると発表した。
4月23日の国民演説では、経済活動と感染拡大防止のバランスをとるために、ロックダウンを最も厳格なレベル5からレベル4に緩和した。
レベル5で出勤が許可されていたのは、医療など必要不可欠な業種のみだが、レベル4は製造業など出勤可能な業種が増えた。レストランもデリバリーに限り営業可能となっている。
個人の活動も、レベル4では自宅から半径5キロメートル以内であれば、ウォーキングなどの運動が午前6時から午前9時まで許される。レベル5と同様なのは、午後8時から午前5時の門限と、仕事の通勤と生活必需品の購入以外の外出禁止だ。
■ボランティアが活発化
「コミュニティレベルでも連帯感が高まっている」。セミナーの中でこう話したのは、1992年から南アフリカに住む木村香子さんだ。フェイスブック上に立ち上がったグループ「ケープタウントゥゲザー(CTT)」を紹介した。
このグループの目的は、コミュニティ・アクション・ネットワーク(CAN)と呼ばれる地域ごとのボランティアグループの立ち上げをサポートすること。グループの参加メンバーはおよそ1万4000人にのぼる。CTTによると、ケープタウン全体に現在140以上のCANがあり、2300人以上のボランティアが活動している。
CANは、自分たちのコミュニティの中で、高齢者など、買い物などをする際に「助けが必要な人」と「助けられる人」をつなげ、問題を解決することを目指す。「貧困層が中心メンバーのCANでは、富裕層から集めた食料や寄付金、商品券などを貧困層に届けている」(木村さん)
木村さんが住むケープタウン郊外のクロベリー地区では、木村さんの息子が中心となって「クロベリーCAN」というグループを立ち上げた。このグループには、クロベリー地区全体の6分の1に相当する40世帯が参加しているという。
■ワッツアップで正確な情報を
優れた情報システムもある。南アフリカ政府は、新型コロナの最新情報を知らせるプラットフォームをヨハネスブルクのNGOと共同開発。最初の感染が確認された3月5日から1週間もたたないうちにリリースした。
手に入る情報は、政府が発表するニュース、注意すべきフェイクニュース、感染者数、予防法、新型コロナの症状や症状が悪化したときの緊急連絡先などだ。
使い方は簡単。国民のほとんどが使うスマートフォンのアプリ「ワッツアップ」(日本のラインに相当)で、指定の番号(0600 123 456)に「Hi」と送信すると、自動で「News」や「Cases」といった項目がワッツアップの画面に送られてくる。知りたい項目の単語を打ち込んで送れば、今度は情報が自動で返信される仕組みだ。
「Cases」と送信した場合、地域ごとの最新の感染者数、完治した人数、死亡者数が送られてくる。
リン・ロビンさんは「このシステムはすごく効率がいい。3月26日時点ですでに南ア国内で260万人が登録していた。このシステムを高く評価したWHO(世界保健機関)は、南アがこのシステムをリリースした1週間後に同じようなシステムを立ち上げていた」と語る。