「スキルがなくても、安定した収入が得られる仕事をつくりたい」。この思いからボーダレス・ジャパン(本社:東京・新宿)は2019年7月、インド・デリー近郊のグルガオンでメイド派遣会社「BLJインターナショナル・サービシズ」を立ち上げた。同社の水流早貴(つる・さき)社長は「より良い教育を子どもに受けさせたいと考えるスラムの母親しか採用しない」とこだわりを話す。
■最大の売りは「掃除のレベル」
BLJが提供する掃除サービスの名称は「サクラ・ホーム・サービス(SAKURA Home Service)」。顧客ターゲットはインドの富裕層だ。水流社長によると、料金は相場のおよそ2倍だという。
サクラ・ホーム・サービスの最大の売りは掃除のレベルの高さだ。ダイソン、ケルヒャーといった吸引力の高い掃除機や洗浄力の高い高温スチームクリーナーを使う。「いろんな掃除機を試して、吸引力が強く、汚れがしっかり落ちるものを選んだ」と水流社長。今後は床用クリーナーも導入する予定だ。
ただ掃除のレベルを上げるには苦戦した。サービスをスタートしてから最初の3カ月は顧客からのクレームが続いた。派遣先に水流社長が同行すればきちんと掃除するが、スタッフひとりで行かせると手を抜いてしまう。
クレームを受けるたび、水流社長はスタッフを注意していた。だがそれではスタッフのやる気を削ぐだけで、事態は好転しないことに気づく。そこで、毎月表彰したり、勤務態度を評価したりする制度を導入。「褒めるマネジメント」を取り入れたことで、スタッフが顧客に評価されるようになりサービスが向上した。
■学歴ないと貧困から抜け出せない
サクラ・ホーム・サービスでは現在、6人のインド人女性が掃除スタッフとして働く。いずれも1歳~小学校低学年の子どもをもつスラムの母親。家庭内暴力にあっていたり、夫婦ともに収入が低かったりする人もいる。
「6人の掃除スタッフはみんな、貧しくても、子どもに良い教育を受けさせたいと思っている。大学まで通わせたいとか、難易度の高い学校に通わせるために塾にも行かせたいと話すスタッフもいる」(水流社長)
教育は、貧困の連鎖から抜け出す方法のひとつ。水流社長は「学校に通い続けることで、その子どもの将来の選択肢は広がる。だが親の収入が安定しても、子どもの教育にお金を使わないと意味がない」と言う。
スタッフ6人の出身地はインド各地の農村部だ。グルガオンに出稼ぎに来ているため、子どもと離れ離れの生活を送る。都市の生活費は高い。一緒に住みたくても住めないからだ。
水流社長は「農村から都市に出てきて、子どもと一緒に住みたい、子どもにきちんとした教育を受けさせたいと思っても、学歴やスキルのないスラムの女性にとっては難しい。メイドとして生計を立てるか、拾ったごみをリサイクル業者に出すことで日銭を得るしかほとんど選択肢がない」と説明する。
■ユニフォームも支給
BLJのこだわりは、メイドを自社で雇用し、一から教育することだ。
インドではメイドを知り合いから紹介してもらったり、SNSで見つけたりすることが多い。その場合、メイドの態度に不満があれば、雇用主はメイドを簡単にクビにできる。メイドにとって収入は不安定だ。
BLJは、学歴やスキルのないスラムの女性が安定した収入を得られるよう、自社で雇い、メイドとしてのスキルを身に付けさせる機会を提供する。掃除機の使い方や掃除のやり方を徹底的に指導する。
言葉やマナーの研修もある。小学校に通えなかったスタッフが多く、英語やヒンディー語の読み書きが危ういからだ。また青いユニフォームも支給し、身だしなみもきれいにする。
■ドアノブの消毒も徹底
新型コロナウイルスの感染予防を目的に、インドでは3月25日から5月31日までロックダウン(全国封鎖)された。感染者の多い「封じ込めゾーン(containment zones)」はいまもロックダウン中で、期限は6月30日までだ。
BLJの掃除サービスはこの間、完全にストップした。だが6月から、サービス内容を変えて再開させる方針だ。これまではメイドは毎日、顧客の家に行って掃除していたが、頻度を週に一度に減らす。その代わり1回の掃除時間を3時間半から4時間に増やす。
料金は1回3300ルピー(約4700円)。従来の掃除サービスに加えて、ドアノブの消毒や高温スチームクリーナーを用いたキッチン・洗面所の掃除などの感染対策も徹底していく。