マラリアの感染者数は全世界で年間2憶2800万人(2018年)。新型コロナウイルスの感染者数1070万人(7月2日時点)のおよそ20倍だ。こうしたなか、マラリア対策の新たな切り札として期待を集めているのが、気象及び気候データからマラリアの流行リスクを予測するシステムだ。開発者のひとり、長崎大学熱帯医学研究所の皆川昇教授は先ごろ、ZERO マラリア 2030 キャンペーン実行委員会主催のオンラインセミナーに登壇。「マラリアの流行を数カ月前に予測でき、情報をもとに効果的な対策がとれる画期的なシステムだ」と語った。
■気候変動から流行を予測!
皆川教授がセミナーで紹介した「予測システム」は南アフリカ共和国北東部のリンポポ州で構築したもの。2014~19年の5年を費やして完成させた。
システムを作るうえで肝となったのは、気候変動とマラリア流行の関連性だ。皆川教授によると、熱帯太平洋や南インド洋の気候変動が南部アフリカの気象(気温や降水量)に影響を与え、マラリア流行の規模を変化させるという。
たとえば雨期の前半(9~11月)にラニーニャ(熱帯太平洋の東部で海面水温が平年より低くなり、西部で水温が高くなる)が起きると、リンポポ州を含む南アフリカの降水量は平年より増える。降水量が増えた結果、蚊が多くなり、マラリアの発生率が上がるといった具合だ。
このシステムでは、気候変動がいつ起きるかの予測も欠かせない。予測する際に参照したのは、日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)が南部アフリカを対象に開発した気候変動予測モデルだ。
「JAMSTECのモデルは、気候変動を半年~1年前から予測できる。予測の精度をより上げるため、海面の状況や南極の氷の増減データなども取り入れた。ダウンスケーリングという統計の手法を使い、リンポポ州に特化した予測システムを作った」と皆川氏は説明する。
アフリカでは常に感染者・死亡者を出しているマラリアだが、その数は年によって異なる。大きな流行が押し寄せる前に対策をとれれば、感染者・死者は減る。
「マラリアの流行を現地の住民が予測できるのは早くても1カ月前。だがわれわれのシステムを使えば、マラリアの大きな流行がいつ来るのか、数カ月前(つまり雨季が始まる前)にわかる」(皆川教授)
皆川教授らは2018年、このシステムを使って、リンポポ州で起きた大規模なマラリアの流行を事前に予測することに成功。あらかじめ現地の医療関係者を集めて情報を提供したことで、薬や検査キットを用意したり、殺虫剤の追加噴霧などの対策を打てたりして被害を最小限に食い止めた。
■マラリアの症例を84%減らす
皆川教授らは、流行予測の情報を素早く共有するためアプリも作った。まずは現地のスタッフが感染者数などのデータをスマートフォンに入力し、予測システムに集める。それを気象データとともに分析。その結果得た予測データをスマートフォンやタブレット端末のアプリで現地の医療者に提供する。
「今後は南アの保健省と合同で予測システムを全国規模で導入していく予定だ。周辺の国にも展開できれば」と皆川教授は期待する。
世界で4番目にマラリア感染者が多くいるインドでも、マラリア流行を予測するデータが活用されている。セミナーに登壇したNPO法人マラリアノーモアジャパンのジョシュア・ブルーメンフェルド業務執行責任者は、気象データから得たマラリア流行予測情報を現地の医療従事者に共有するシステムを紹介。コミュニティヘルスワーカーを対象に検査・治療技術のトレーニングをしたほか、地元民にはマラリアの病態についての教育、殺虫剤の噴霧にも力を入れた。
インド東部のオディッシャ州では2017~18年にマラリアの症例が84%減った。気象データの共有が有力な要因と考えられるという。