東アフリカの南スーダンに、スポーツで民族間の対立をなくそうとするスポーツ大会がある。その名も「ナショナル・ユニティ・デー」(NUD、国民結束の日)。全国から選抜された19歳以下(U-19)の選手が試合やアクティビティを通じて異なる民族の選手と交流し、信頼関係を作っていく。国際協力機構(JICA)南スーダン事務所のNUD企画調整員、金森大輔さんは「参加した選手はコミュニティに帰って、部族が違っても尊敬しあえることをみんなに伝えてくれる」と語る。
■人気のレスリングから伝統スポーツまで!
「今の南スーダンに必要なのは争いではない。州や民族を超えた人々のつながりだ」
文化青年スポーツ省のエドワード・セティモ局長は2015年、JICAにこう呼びかけた。当時の古川光明・JICA南スーダン事務所長はこの言葉に共感。JICAの協力のもと2016年、第1回NUDが首都ジュバで開かれた。
NUDは日本でいうインターハイのようなものだ。地方大会を勝ち上がった19歳以下の選手が全国大会に集まり、競い合う。
第5回大会が開幕したのは2020年1月25日。民族が異なる368人の選手らが10日間にわたって熱戦を繰り広げた。5万人以上の観客が大会期間中に試合会場に訪れ、出身州の選手やチームに熱い声援を送った。
競技種目は、陸上、サッカー(男子)、バレーボール(女子)、南スーダンで大人気のレスリングなど。ユニークなのが、南スーダン特有の女子スポーツ「ボルボル」だ。ボルボルは、ソフトボールくらいの大きさのボールを投げ、それをアクロバティックに避けて競い合う。
■スポーツで信頼関係を築けた
NUDの目的のひとつが、他民族の選手同士で信頼関係を作ることだ。そのため大会期間中は選手同士が交流できる機会を数多く設けている。
たとえば宿舎の部屋割り。選手は全員、JICAが作った職業訓練校の教室に泊まる。その際に、各州の選手をあえてバラバラにし、異なる民族同士を混ぜるという。他の民族の選手と10日間、寝食をともにすることで会話が生まれ、仲良くなる。
NUDの中日(「平和と文化の日」と定める)に実施する日本式の運動会も、民族間で信頼しあうのに一役買っている。異なる州(民族が違うと州も違う)出身の選手たちでチームを編成し、日本でおなじみの綱引きや二人三脚などをする。
他の民族の選手と触れ合う回数が増えることで、最初はたどたどしくしていた選手たちもすぐに打ち解け、一緒に練習するようになるという。NUDが閉幕した後のアンケートをみても、「他州の選手と信頼関係を築けたか」という問いにほぼ100%の選手が「はい」と答える。「スポーツを通じて、民族の違いを忘れることができた」と喜ぶ声も選手から上がる。
■フェアプレー > 勝利
NUDのもうひとつの目的が、フェアプレーの精神を広めることだ。
南スーダンでは争いや略奪が60年以上続く。その間に人々は故郷を追われ、不当に徴税されるといった理不尽も強いられてきた。
これはスポーツも同じ。平然と不公平がまかり通っている。第1回大会では、勝つために明らかに30歳以上の選手がプレーしていたという。フィールドの外をみても、コーチがひいきする選手を試合に出したり、ひどい場合は政治家が自分の息子を試合に使うよう口出ししたりすることもある。
「スポーツを通じて公平さの大切さを伝えたい」。こう語る金森さんは、勝利よりもフェアプレーを優先する大会の趣旨を運営スタッフやコーチに繰り返し説明してきた。コーチは、ルールを守ること、相手を尊重することを選手に教える。
ルールを守れない選手やコーチにはサッカーの例を持ち出し、「相手のオフサイドがコールされなかったら嫌でしょ?」と金森さんは説得する。ゴールデンルール(黄金律)を使って、相手の気持ちを想像させることで公平性の大切さを理解しもらうのだ。
金森さんはまた、出生証明書の提示を義務付けたり、大会のガイドラインを明記したりすることで、大会の公平性を高めてきた。
こういった努力が功を奏し、近年は、規定の年齢を超えてプレーする選手はほとんどいなくなった。また選手もルールを順守し、フェアプレーをするようになった。熱くなって小競り合いが起きた時も、「悪かった」と試合中に選手間で謝るようになったという。
「選手やコーチは毎年、大会に参加することで、公平性の大切さを理解するようになった。NUDは争いを抑制するキャパシティビルディング(能力向上)の効果もある」と金森さんはNUDの可能性を語る。
■紛争の歴史をスポーツが断つ
南スーダンの歴史は紛争の歴史だ。スーダンとして、エジプト・英国の共同統治から独立したのが1956年。その前年から2005年まで南北スーダン間で紛争が続いた。南スーダンとして悲願の独立を果たした2011年以降も、2度の民族紛争が起きている。
南スーダンでは昔から、異なる民族がウシの奪い合いなのでいがみあっていた。だが対立が顕在化したきっかけは政治闘争。2011年以降、最大多数のディンカ族出身のサルバ・キール大統領と2番目に多いヌエル族出身のリヤク・マシャール副大統領が権力争いを始め、それが民族紛争に発展した。
2018年に停戦協定が結ばれ、2020年2月には連立政権が発足。南スーダンは今、新たな局面に立つ。
「NUDを経験した選手が地元に帰ってテレビやラジオで、民族が違っても信頼関係が築けると話してくれる。彼らが平和大使として、南スーダンに平和の土壌を作っていく」。金森さんは若者にこう期待を寄せる。