南米チリで10月25日に国民投票があり、憲法を改正することが決まった。国民が新憲法に求めるのは、チリで蔓延する「所得・教育・福祉の格差」をなくすために中央政府が関与することだ。現憲法は、ピノチェト 軍事政権が1980年に制定したもので40年経つ。
■「低学歴=低収入」が定着
国民投票を実施するきっかけとなったのは、2019年10月に首都サンティアゴの地下鉄運賃の値上げをめぐって発生した大規模な反政府デモだ。政府が提示した値上げ幅はわずか30ペソ(約4円)だったが、国民の怒りは爆発。デモを収束させるためにピニェラ政権がとった苦肉の策が、値上げの撤回と「憲法改正の是非を問う国民投票をすること」の2つだった。
現憲法の特徴は、「小さな政府」の考え方に基づいて、市場の自由競争を促していること。この結果、チリ国内では格差が拡大した。富裕層は私立の学校や病院が提供する質の良い教育や医療サービスを受けられる一方、低所得層は“のけ者”とされている。
鉱山会社に勤めるペドロ・ベガさん(30代男性)は「格差のなかで大きいのが教育と医療」と話す。公立の学校や病院はチリにもある。だが質は低い。「所得が低い人たちは『質の高い教育』を受けることは難しい。また低学歴の若者が有名な会社に入れる可能性も低い。所得の格差はなかなかなくならない」と続けた。
経済協力開発機構(OECD)が公表したジニ係数(格差を示す指標)を見ても、2017年時点のデータでは加盟国37カ国中チリの格差が最も大きかった。
■憲法改正は意味がない?
今回の国民投票の投票率は50%超だった。義務投票制に代わって「自由投票制」が導入された2012年以降で最も高い。憲法改正へ賛成した割合は78%にのぼった。
賛成票を投じた国民の大半は、新しい憲法が条文で「健康や教育への権利を保障する」と明記することを望んでいる。現地の世論調査会社Cademが8月に発表したレポートでも、この項目を挙げた人が調査対象の93%を占め、最も多かった。
ただ高所得層のベガさんは、憲法改正に反対する票を入れた。「憲法を改正しても、魔法のようにすべての格差がなくなるとは思えない。憲法改正を主張する人たちは、新憲法が問題を解決してくれるといった誤った期待をもっている」と語る。
ベガさんが疑問を呈するのは、コロナ禍で失業者が増えたこのタイミングでなぜ、憲法改正を推し進めるのかということ。「新型コロナウイルス が感染拡大するなか、莫大なお金をかけて国民投票を実施したり、憲法を改正したりするのはどうなのか。経済を活性化させ、仕事を増やすほうが先決では」と話す。
■議会は信用なし?
今回の国民投票で決めたのは、憲法を改正するかどうかだけではない。誰が改憲案を起草するかも問われた。
ひとつの案は、起草者を「民間人155人で構成する組織」とすること。もうひとつは「民間人と国会議員の半数ずつで構成する172人の組織」とすること。ユニークなのは、国会議員だけで改憲案を起草するという選択肢がなかったことだ。
国民投票の結果は、民間人のみの組織を支持した人が79%に。構成員は2021年4月に選ばれる。男女比は50%ずつとなる見込み。新憲法の案は2022年に再度、国民投票にかけられる予定だ。次の国民投票は、18歳以上である有権者の投票は義務化されるという。