途上国の人は、新型コロナウイルスの予防ワクチンを打てなくてもいいのか――。「新型コロナに対する公正な医療アクセスをすべての人に!」と題するイベント(主催者名も同じ)が先ごろ、オンラインで開催された。新型コロナのワクチンや医薬品をめぐって、いま議論されているのが、それらにかかる知的財産権を、コロナ禍でも平常時と同じルールで保護する必要性があるかどうかだ。 登壇者のひとり、アフリカ日本協議会(AJF)の稲場雅紀・国際保健ディレクターは「途上国にもワクチンや医薬品が届くよう、新型コロナが収束するまで、世界貿易機関(WTO)は知的財産権のルールを緩めるべき」と語る。
公的資金が投入されたのに
コロナ禍で問題にあがる知的財産権とは、WTOが定める「貿易関連知的財産権協定」(TRIPs協定) だ。7項目からなるTRIPs協定により、ワクチンなどの知的財産権をもつ製薬会社は、新たに開発した技術とそこから生まれる利権を一定期間独占できる。
ところが知的財産権の保護は、途上国にとっては、ワクチンや医薬品へのアクセスを阻む存在。ワクチンなどの技術を独占する製薬会社が、より多くの利益を求めて高い価格を設定することで、支払い能力の低い途上国には、新型コロナの予防や封じ込め、治療に必要なワクチンや検査キット、医薬品などが十分に行き渡らなくなる。
とりわけ新型コロナの場合は、「製薬会社だけが技術と利権を独占するのは筋が通らない」と稲場氏は指摘する。新型コロナのワクチンや新薬の開発に向けて多額の公的資金を投じているのは、各国の国立研究機関や国際機関。ワクチンや新薬の治験も、途上国の人たちの善意で成り立つからだ。
こうしたなか、途上国を代表して声をあげたのが、南アフリカとインド。TRIPs協定の7項目のうち4項目を、新型コロナが収束するまで免除するよう、WTOの傘下にあるTRIPs協定理事会に2020年10月2日、提案したのだ。
南アとインドがTRIPs協定の一時停止を求める4項目は下のとおり。
・第1節:著作権・関連諸権利(対象となるのは、医療機器に組み込まれたソフトウェア、人工知能を作動させるためのプログラミングなど。TRIPs協定では保護期間は50年以上)
・第4節:意匠(対象となるのは、医療用撮影機、手術用機械器具、人工呼吸器など)
・第5節:特許(保護期間は20年)
・第7節:開示されていない情報の保護(対象となるのは、薬やワクチンなどを開発するまでの試験データなど)
中国は「途上国の味方」
南アとインドが出した提案の結論はまだ出ていない。12月10日に開かれた5回目の公式TRIPs理事会では、2021年に審議を延長することが決まった。
提案を支持するのは162カ国・地域。免除へ反対する11カ国・地域よりも圧倒的に多い。共同提案国はアフリカ南部のエスワティニ(旧スワジランド) 、パキスタン、ケニア、モザンビーク、ボリビアの5カ国。そのほか賛成派には、アフリカグループの43カ国、アルゼンチンやベネズエラ、キューバといった中南米諸国、アジアからはベトナムやインドネシア、バングラデシュなどが名を連ねる。
中国も、4項目の免除で完全支持の立場をとっている。 世界2位の経済規模を誇る中国は、1人当たりの国内総生産(GDP)でみると、いまも「上位中所得国」のまま。 稲場氏によると、「途上国の一員として途上国の利益を主張する」スタンスは顕在だ。
「中国は、他の途上国と歩調を合わせて『途上国の味方』を演出しようとしているのではないか。逆に、米国や日本などの先進国がこぞって、南アとインドが出した提案に反対し続ければ、必然的に途上国は中国の味方につく。米中対立の面では、先進国の『反対』は中国の思うつぼ」(稲場氏)
稲場氏は続ける。
「新型コロナのパンデミックを1国だけで解決することは不可能。それにもかかわらず、米国のトランプ政権は、新型コロナのワクチンや防護服を、自国のために大量に買いあさる『ワクチン国家主義』に走った。西欧諸国は国際協調を進めるものの、ワクチンや医薬品を買い占める点では米国と同じ。途上国にワクチンなどを届けられないままでは、新型コロナの収束は一向に見えない」