武内さんは23歳のとき、「好きな音楽を学ぶため」と理由をつけ、日本から逃げるようにニューヨークに留学した。そこでは地下鉄の車両にいる人がそれぞれ違う人種に見えるほど、多様な人がいた。人の分だけ違う価値観、文化があり、アイデンティティに悩んでいた自分が小さく感じたという。ニューヨークに7年住み、一度も日本に帰らなかった。武内さんが30歳のとき、母が体調を崩したため、日本に戻り芸人になった。
ぶらっくさむらいとしての最近の活動でユニークなのは「レンタル黒人」だ。依頼主が交通費のみを負担したら、武内さんとどんなことでもできる。留学前のウォームアップとして話してみたい、一緒にサプライズをしてほしい、といった依頼がきた。「スーツを着てSP(セキュリティポリス)役をしてほしい」という依頼では、黒人SP役としてモノマネユーチューバーとコラボし、本物だと思わせるドッキリをしたこともある。
レンタル黒人は、2020年5月ごろから米国で盛り上がったブラック・ライブズ・マター(BLM)運動を受けて、黒人への差別に対して議論するきっかけをつくるために立ち上げた。「日本には、議論することはよくないという風潮がある」と武内さん。黒人あるあるのネタもコンプライアンスの都合でお蔵入りになったことがあるそうだ。「臭い物に蓋をするような、そもそも考えないという選択ではないか」と疑問に感じたという。
映画の制作も、武内さん自身をほかの人が見て差別について考え、議論するきっかけをつくることが目的だ。また、「ミックスの子どもなど、親が国際結婚した結果、アイデンティティに悩む人たちの励みになれば」との考えもある。
ドキュメンタリー映画の制作にはもうひとつ特別な思いがある。カメルーン人の父が若いころイタリアに渡った理由は、ドキュメンタリー映画の監督になるためだった。「ドキュメンタリー映画という手法でも親子がつながれるかも。父の夢をかなえられる」(武内さん)
父への手がかりを唯一もっているのは母だ。しかし認知症を患い、数年前から老人ホーム暮らし。知人づてに探していくしかない。父の友人は見つかったが、父はまだ見つかっていない。武内さんは「結末は誰にもわからない。もしかしたら亡くなっているかもしれないし、会いたくないかもしれない。それでも制作するために協力をお願いしたい」と語る。
ぶらっくさむらいのユーチューブチャンネルに6月26日、映画のトレーラーをアップした。動画につけたSNS用のハッシュタグは「#ぶらっくさむらい父探し」。活動を知った人がハッシュタグを使ってツイッターに応援ツイートを投稿している。東京新聞の7月7日付夕刊では1面に映画制作の記事が載った。クラウドファンディングでは7月11日時点で60万5000円集まった。映画が完成したら、国内外の映画祭にも出展する計画だ。