ケニア・ナイロビにあるアフリカ最大のスラム、キベラ。ここにギャングと掛け合い、犯罪から足を洗うよう説得するひとりの男がいる。地域社会組織キベラ・ユース・ユナイト・アゲインスト・クライム(キベラ・ユース)代表のラシッド・ファディリ・モハメドさん(32)だ。モハメドさんはこれまで30人以上の若者を社会復帰させた。その裏には、モハメドさん自身が貧しさからギャングに入った経験がある。
食料を得るために学校へ
モハメドさんは母、妹、2人の弟の5人家族だ。モハメドさんが10歳のとき、父親が別の女性と結婚し、5人は家から追い出された。
当時、学校に通っていたのはモハメドさんだけ。ケニアの公立小学校は授業料は無料だが、制服や文房具、教科書などの費用がかかる。モハメドさん一家は、弟2人と妹を学校に行かせられなかった。
「勉強するためではなく、食料を得るために学校に行っていた」と話すモハメドさん。昼の給食にはほとんど手を付けず、家族のために持って帰っていた。
学校が終わってもモハメドさんの一日は終わらない。釣竿をもって近くのナイロビダムへ行き、夜遅くまでナマズを釣る。とれたナマズの半分は家族の食事の足しに、残りの半分は売るのだという。家に帰るのは夜中の12時過ぎだった。
しかし、モハメドさん一家のその日暮らしの生活はいつまでも続かなかった。モハメドさんが15歳のとき、家賃を払えず、家族5人は路上に投げ出された。家を失い涙にくれる母。不安そうに母にしがみつく弟と妹。
「泣いている母の姿を見て、自分の人生を家族のために捧げようと決意した」
モハメドさんはキベラのギャングに入った。
角材でリンチ
ギャングに入れば鉈や銃を貸してくれる。使い方も教えてくれる。モハメドさんはそれを使って、犯罪に明け暮れた。
深夜の2時に起きて町に繰り出し、1~2人で歩いている人を恐喝する。財布以外にも携帯電話やタブレット、貴金属などお金になるものをすべて脅し取った。恐喝以外にも空き巣や強盗、カージャックとありとあらゆる犯罪に手を染めた。
そんなモハメドさんだったが、同時に不安も感じていた。ギャングの生活は死と隣り合わせだからだ。ケニアでは、警察が犯罪者を殺すことが頻繁にある。住民が犯人を捕まえてリンチをすることも。モハメドさんのギャング仲間も30人以上殺された。
ギャングに入って数カ月が経ったころ、モハメドさんはある豪邸に侵入した。警報機が鳴って慌てて逃げ出すも、すぐに近隣住民に取り囲まれた。そして素手や石、角材でリンチされた。モハメドさんは一命はとりとめたものの意識を失い全身傷だらけ。だが病院に送られることもなく、3日間拘置所で拘留された。
釈放され、家に帰ったとき、モハメドさんの母は涙を流してこう訴えた。
「ギャングに入っている限り、いつ殺されるかわからない。あなたを失ったら私は立ち直れない」
母のため、家族のためにギャングに入ったのに、その母を悲しませている。モハメドさんはギャングから足を洗うことを決意した。
モハメドさんは以降、犯罪に頼らず、自分で稼ぐようになる。初めはプラスチックごみを集め、お金に換えた。それを元手にサングラスや帽子を購入、道端で販売するようになる。3年が経った18歳のとき、キベラスラムのトイマーケットに念願のお店をもった。モハメドさんは現在もそこでタオルを売り、生計を立てている。