「良い話」で終わらせない
屈辱を受けたレイプ被害者にも、立山監督は直接インタビューした。応じた女性たちは全員、傷の癒え具合や海外メディアへの対応経験など、女性ひとりひとりの状況を把握するパンジ病院が選んだ人たち。通訳は、パンジ病院で働く精神科医や看護師、心理士の資格をもつスタッフが担ったという。
インタビューを立山監督はこう振り返る。
「(レイプのような)センシティブな問題は、被害者に聞かないと何もわからない。でも話を聞くと、悲しさを思い出して怒ったり泣きだしたりしてしまった。残酷な仕事だったが、頑張って話してくれたからこそ、その証言をきちんと映画にする使命があった」
特にこだわったのはラストシーンだ。登場するのは、ムクウェゲ医師による手術を13回経て、今は看護師を目指すアルフォンシーヌさん(21)。8歳でルワンダ人の武装勢力に両親を殺された後、5年にわたってレイプされ続けた。
ラストシーンの意図を立山監督は「『良い話』で映画を終わりにしたくなかった』と話す。映画の後半(ラストシーンの前)は、ムクウェゲ医師が国際社会へ向けて性暴力の廃止を訴える場面がメイン。一見「良くなってきた」ように映るからこそ、最後にレイプ被害者を思い出してほしいという。
昔は原爆、今はスマホ
主に日本人が見ることを前提に映画を制作した点にも注目だ。ムクウェゲ医師の「生き方」にフォーカスした、ベルギー人監督の映画「女を修理する男」(2015年)についてこう語る。
「1960年までコンゴ民主共和国を植民地支配したベルギーの映画は、アフリカやコンゴ民主共和国をもともとよく知る人向け。日本人にはコンゴ民の歴史や紛争鉱物や武装勢力、性暴力などなじみがない要素が多い」(立山監督)
日本人に伝わるよう意識したのは、コンゴ民主共和国とのつながりを示すこと。その象徴は、2019年10月に広島の原爆資料館を訪れたムクウェゲ医師が「第二次世界大戦で米軍が広島に投下した原子爆弾には、コンゴ産のウランが使われた」と明かすシーンだ。立山監督は「昔は原爆、今は(部品に紛争鉱物が使われる)スマートフォン。時代を超えて全てつながっている」と語る。
立山監督からみてムクウェゲ医師は、日本に対する期待度が比較的高い。欧州は歴史的にアフリカの国・地域を植民地支配した半面、日本は直接手を汚してはいない点が大きいという。
「ムクウェゲ医師が日本政府に求めるのは、国連の会議で、欧米諸国とは違った発言をすること。以前は、日本の民間企業にコンゴ産の鉱物を公正に取引する(紛争鉱物にしない)役割を担ってほしいとも言っていた」(立山監督)