殺るか殺られるか
Hは物腰が柔らかく、私の質問にも的確に受け答えする。切れ者なのはすぐにわかった。だが私が「国軍をどう思っているのか」と尋ねた瞬間、彼の表情は一変した。
「絶対に許さない。刺し違えてでも、奴ら(国軍)をぶっ殺す」
物騒な物言いになるのもうなずける。Hの仲間の多くは拘束され、拷問を受けているからだ。殺された人もいる。この悲しみが、国軍への憎しみとなっているのだろう。
Hの怒りは日本にも向く。
「TK(筆者のこと)、国軍の戦闘機に使う『ジェットA1』という燃料はどこを経由してくるか知っているか。ティラワだ」
ティラワと聞いて、私は恥ずかしくなった。ティラワとは、ヤンゴンから南東に23キロメートル離れたヤンゴン川に面した地域で、日本の政府や商社が開発を進める経済特区だ。事業費の12.6%をそれぞれ丸紅、三菱商事、住友商事が、10%を国際協力機構(JICA)が出資する。工業団地や商業地区、港湾を開発・整備する一大プロジェクトだ。
「日本はなぜ、ティラワの港を閉じないのか。そうすれば国軍は戦闘機を使えず、カレン、シャン、チンなどの各州が空爆されることもなかった。日本(政府)は国軍のことを批判はするけれど、行動は起こさない。ビジネスのことばかり考えている。中国と何も変わらないじゃないか」
彼の指摘にぐうの音も出なかった。欧米の企業が撤退する中、日本政府は国軍と「独自のパイプ」があるとして、国軍と対話を続けていくことを強調する。だがこの中途半端な姿勢は、ミャンマーでのビジネス再開の糸口を探しているようにも見える。
政府開発援助(ODA)も新規のプロジェクトはストップしたが、既存のものは継続する。ティラワの開発も進んでいることだろう。
だがそのティラワの港から、戦闘機の燃料が輸入され、空爆に利用されている。日本は間接的に国軍の空爆に関係しているのだ。
私たち日本人に今求められているのは、ミャンマーの問題を他人事として見るのをやめ、国軍の弾圧を非難し、利益優先でビジネスを進めようとする日本政府や企業にミャンマーでの事業をやめるよう訴えることではないか。
「殺るか殺られるかだ」
Hがこう言うように、ミャンマー人は命を懸けて国軍に抵抗している。もし日本政府が独自のパイプを隠れ蓑にミャンマー国内でこそこそとビジネスを続けるのなら、日本人は近い将来、ミャンマー市民から愛想をつかされることだろう。
「日本のやっていることは中国と変わらない」
私はHのこの言葉を心に刻み、ブワイと一緒にカフェを後にした。(続く)