たくさん表彰してやる気アップ
体操を教えるなかで西田さんが大切にしていることが2つある。
1つは、子どもに成功体験を積ませること。自信や諦めない心を養いたいからだ。西田さんは「できなかったことができるようになる経験はとても大事。体操はそれがわかりやすいスポーツ。これがサッカーだといくら練習しても相手が強ければ負けるが、体操は自分が努力したぶんだけ進歩がある」と説明する。
背景にあるのは、貧しさゆえに努力が報われにくいジャマイカ社会の現状だ。世界通貨基金(IMF)によると、ジャマイカドルのインフレ率は2022年で8.5%と高い。物価も日本とさほど変わらない。このため、仕事をしてもまともな暮らしができないワーキングプアは少なくないという。
「お金もきちんともらえないのに熱心に仕事をしろ、というほうが難しい。(そんな社会で)何かに熱中したり、練習したことで、できなかったことができるようになったりする経験は、子どもたちにとって大きな意味があるのではないか」(西田さん)
成功体験を積ませる工夫のひとつが、西田ジムが生徒を対象に学期に1度開く競技会だ。上位の生徒にはトロフィーを渡す。「爪先が一番きれいに伸びていた子」や「跳び箱が一番上手だった子」なども表彰する。失敗した子にあげる「ネバーギブアップ賞」まである。
西田さんは「3人に1人ぐらいは何かしらの賞をもらえる。トロフィーを持ってうれしそうに写真に写る子もいる」と笑う。
スラムから世界選手権へ
もう一つ西田さんが大切にしているのが、礼儀を教えることだ。「体操で失敗しても叱らないが、嘘をついたり、友だちをたたいたりしたらきつく叱る」(西田さん)
礼儀を教える理由は、子どもたちの周りに犯罪があふれていることだ。米国国勢調査局が出す「世界人口レビュー」(2022年)によると、ジャマイカの犯罪発生率は世界でワースト10位。西田さん自身、空き巣や強盗に入られた経験は1度や2度ではない。
西田さんは「(ジャマイカの子どもの)親たちも同じ環境で育ってきているから、子どものロールモデルになれない。こうした環境のせいで、お金のためなら何をしてもいいという考え方に段々なっていくのではないか」と推測する。
ちなみに犯罪発生率のワースト10はベネズエラ、パプアニューギニア、南アフリカ共和国、アフガニスタン、ホンジュラス、トリニダードトバゴ、ガイアナ、エルサルバドル、ブラジル、ジャマイカの順。
体操に出会って、礼儀が良くなっただけではなく、人生まで変わった生徒もいる。キングストンのスラム出身のダニエル・ウィリアムズさんだ。
7歳のころに西田ジムへ来たときは、暴力的な一面があったという。だが練習に打ち込んだ結果、2017年には世界選手権に出場した。いまでは西田ジムのコーチとして子どもを教える立場だ。
幼いころのダニエルさんのことを西田さんはこう振り返る。
「きつい柔軟体操をさせていたらいきなり噛まれた。腹が立つというよりもびっくりしたのを覚えている。スラムでは行儀良くするなんて通用しない。『やられたらやり返せ』が染みついていたのだろう。よく健全に育ってくれた」