一番の苦労はやっぱりお金
西田さんが青年海外協力隊員としてジャマイカに行ったのは2004年。大学の体育学科を出てすぐのことだった。配属されたのは、協力隊の先輩でもある石本泰規さんが運営していた体操教室。ここで3年半にわたって活動した。
「レッスンをしていると、お金を払えない子どもたちが外からのぞいてくる。彼らに教えたいと思い、ジャマイカに残ることにした。当初の目標は、リオデジャネイロオリンピックの選手を育てることだった」と西田さんは言う。
協力隊の任期を終えた西田さんは2008年、キングストンに最初の体操教室(西田ジム)を開く。古い倉庫を借り、手作業で改修した。元手となったお金は、協力隊時代の国内積立金およそ350万円だ。西田ジムはその後、キングストンの富裕層が住むエリアに移転。生徒のレベルが上がり、より安全に練習できるスペースが必要になったためだ。
西田ジムの経営は資金確保との戦いだった。施設の家賃は、日本円で月30万円以上。経営の経験がゼロだった西田さんは「ジャマイカの生活で一番苦しかったのはお金のやりくりだと断言できる。貯金が減っていくのをただ見ているほど嫌なことはない」と回想する。
どん底は2015年ごろだった。生徒の数が激減したからだ。ジャマイカの経済不況が響いた。西田さんは、実家に借金をするところまで追い込まれた。「オリンピックに行こうと言っておいて、教室を閉めるなんて口が裂けても言えなかった」と西田さんは苦笑いする。
そこからはい上がり、2018年には5カ所目となる施設をオープン。場所は、スラムの子どもたちも通うキングストンの公立小学校の敷地の中だ。日中は小学校の生徒が、放課後は西田ジムの生徒がここで体操を習う。
「自前で建設したので、家賃を払わなくて済む。毎月の大きな経費は人件費だけになって。これでいずれはジャマイカ人だけで教室を回していけると思う。念願が叶った」(西田さん)
西田さんは2020年に日本に帰国。いまは英語で学べる体操教室「タンブルキッズ」を地元京都で経営する。「近い将来、ジャマイカの教え子をコーチとして京都に呼びたい。日本の子どもたちを教えてもらえたら面白い」と夢を膨らませる。