世界の医療団は、「ロヒンギャ難民危機から5年―世界の医療団の活動を振り返る」と題するイベントをオンラインで開催した。バングラデシュ南東部のコックスバザールにある世界最大の難民キャンプには約90万人のロヒンギャが暮らす。鉄条網が張られ、外へ出るにも許可証が必要である現実について、ロヒンギャ難民のひとりバヌさんは「私たちも人間。普通の暮らしがしたい」と声を上げる。
人口密度は日本の200倍
コックスバザールの難民キャンプの広さは東京都千代田区ほど(約12平方キロメートル)。この土地に約90万人のロヒンギャが暮らす(千代田区の人口は約7万人)。人口密度は日本の200倍だ。
老朽化したビニールシート製の小屋が所狭ましと立ち並ぶ難民キャンプについて、世界の医療団でメディカル・コーディネーターを務める木田晶子氏は「隣近所のけんかや話し声が筒抜けになるほど密集している」と言う。
ロヒンギャの移動は厳しく制限されている。ロヒンギャ難民のひとりで、世界の医療団でボランティアをする青年は「私たちは、難民キャンプ内の他の区画にすら移動できない」と語る。
難民キャンプの暮らしが長引くなかで大きな課題となっているのは、糖尿病や高血圧症などの非感染性疾患(NCDs)だ。移動制限による運動不足、偏った食生活などが原因といわれる。木田氏は「特に若い女性の患者が多い。ひとりで家の外を出歩けないため、運動不足になりやすい」と指摘する。
ロヒンギャの食生活は炭水化物と揚げ物が中心だ。木田氏は「WFP(世界食糧計画)などが配るため、手に入りやすい炭水化物と(冷蔵庫がないため)腐りにくくて保存できる揚げ物がどうしても多くなってしまう」と説明する。
また、嚙みたばこが嗜好品として定着していることも、非感染性疾患にかかるリスクを高める。木田氏は「難民キャンプでの生活のストレスからか、嚙みたばこの摂取量が増えているようだ」と身体への悪影響を懸念する。
死ぬまでいられない
ロヒンギャ難民の生活をさらに苦しめるのは、たびたび起きる火事だ。2021年3月に発生した大火事では家々に火が燃え移り、約1万世帯が家を失った。世界の医療団でプロジェクト・コーディネーターを務める中嶋秀昭氏は「キャンプの敷地は鉄条網で囲まれているため、逃げられなかった人もいる」と話す。
自由に移動できないストレス、火事、洪水、治安の悪化――。こうした過酷な環境から逃れるため、インド洋を渡り、マレーシアに避難したロヒンギャもいる。中嶋氏は「着の身着のままで、ボロボロの舟にすし詰め状態で乗り込む。舟が漂流し、数カ月漂った末、食料が尽きて死亡するケースもある」と語る。
命を落とす危険を伴ってまで、舟に乗り込む道しか残されていないのが現状だ。故郷ミャンマーでは2021年2月1日、ロヒンギャを迫害してきたミャンマー国軍がクーデターを起こし、実権を握った。ミャンマーへ戻ってもロヒンギャの安全は保障されない。
中嶋氏は「ロヒンギャが求めるのは、(ミャンマー)国籍、そして尊厳をもった帰還だ」と話す。ロヒンギャ難民のひとりで、世界の医療団のボランティアをする女性は「死ぬまでここ(コックスバザールの難民キャンプ)にいるなんて考えられない。一刻も早く故郷へ帰りたい」と声を上げる。