コロンビアで左派政権が誕生した理由、黒人女性の副大統領候補が人気だったから?

新副大統領となったフランシア・マルケス氏のポスター。選挙を戦った際にモットーとして掲げたのが「VAMOS A VIVIR SABROSO」(美味しい<快適な>生活をしよう)

建国以来初の左派政権が8月7日に誕生した南米コロンビア。ラテンアメリカ政治を専門とする神田外語大学の磯田沙織講師は「通常は大統領候補者だけを見て投票先を決める有権者が圧倒的に多い。だが今回は(大統領候補だったグスタボ・ペトロ氏だけでなく)副大統領候補のフランシア・マルケス氏(40)が好きで投票したコロンビア人もいた」と分析する。マルケス氏は、コロンビアで初めてとなる黒人女性の副大統領。貧しい農村の生まれで、シングルマザーでもある。貧困層や女性からの人望が厚いという。

環境分野のノーベル賞を受賞

マルケス氏は人権・環境活動家だ。

金の違法採掘に13年以上にわたって反対してきた。2014年には、アフリカ系の女性を中心とする約130人を率いて、地元である南西部のカウカ県から首都ボゴタまで560キロメートルをデモ行進(「ターバンの行進」と呼ぶ)。その結果、コロンビア政府はカウカ県を流れるオベハ川にあった金採掘のための重機をすべて撤去した。

こうした功績が認められ、2018年には環境分野のノーベル賞といわれる「ゴールドマン環境賞」を受賞(受賞スピーチはこちら)。2019年には英国放送協会(BBC)の「世界に影響を与えた100人の女性」にも選ばれた。

磯田氏は「大統領選ではたいてい、副大統領候補は大統領候補の影に隠れてしまう。ここまでスポットライトが当たるのは珍しい」と指摘する。

マルケス氏の特徴は、コロンビアの多くの貧しい女性に通ずる苦労をしていることだ。小学校を出てすぐに金鉱で働き始めた。16歳と20歳で出産したが、相手の男性は2度とも失踪。コロンビア第3の都市カリで家政婦の仕事をしながら、ひとりで子どもを育てた。そのかたわら大学に通い、弁護士の資格をとった。

「コロンビアの貧しい女性たちからしたら、マルケス氏は自分と同じような経験をしながらひたすら努力を続けてきたすごい人。そのうえ演説もうまい。彼女の話を聞いて感激のあまり涙する人もいた。ペトロ氏より彼女のほうが人気があったと言っていいだろう」(磯田氏)

貧困層のほかにマルケス氏を支持するのが大学生や大学教授だ。コロンビア第2の都市メデジンにある教皇ボリバル大学で外国語教育を学ぶケリー・オカンポさん(23)は「マルケス氏を尊敬している。黒人や先住民、LGBTQなどのことも同じコロンビア人と認め、意見を聞くから。私の周りの大学生や教授たちも『黒人の副大統領なんてすばらしい』『今までと違って新しい』とよく話していた」と言う。

黒人コミュニティから全国区に

マルケス氏は2022年3月、左派政党連合「コロンビアのための歴史的協定」の統一候補を決める予備選に立候補。得票率2位(14%)となる約78万票を集めた。

このとき1位だったのが、左派ゲリラ出身で元ボゴタ市長のペトロ氏(新大統領)だ。ペトロ氏は、自身が大統領(候補)になったら副大統領(候補)にマルケス氏を指名すると宣言した。

マルケス氏の生い立ちからすると、ペトロ氏に次ぐ2位になったのは驚くべきことだ。アフリカ系の女性であるだけでなく、国内の知名度も決して高くなかった。

オカンポさんは「ペトロ氏と組むまで、フランシア・マルケスという名前すら聞いたことがなかった。ターバンの行進も、黒人コミュニティの中で起きたことだから知らなかった」と本音をもらす。

ここまで多くの票をマルケス氏が集めた背景には、富裕層を優遇してきたこれまでの右派政権に不信感をもっていた貧困層がマルケス氏に希望を託したことがある。磯田氏は「ペトロ氏に対して『どうせわかってくれない』という懐疑的な見方があったのではないか。彼は貧困層の生まれではないから。その点、マルケス氏なら自分たちの気持ちがわかると期待したのだろう」と説明する。

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