子どもの誕生でウシ屠殺
これ以外にも残っているマサイ文化はある。生まれた子どもが女児であればヤギまたはヒツジを、男児の場合は雄ウシを屠殺することだ。
殺した動物の体からまず脂肪を取る。その脂肪を保存用に乾燥させておく。それを小さく砕き、スープや炒め物の油に使う。
ワンジャラさんによると、これは、出産を終えた母が脂肪を摂取し続けられるようにするため。母乳を作るためにも脂肪は必要な栄養だ。
「1体の動物でだいたい、(1人の産婦にとって)4カ月分の脂肪が取れるわ。昔も今も、冷蔵庫がないなかで生活するマサイ族の知恵なのよ」(ワンジャラさん)
穴のあいた耳たぶ、抜歯‥‥消えゆく文化
残る文化もあれば、消えゆく文化もある。
その代表格が「人間の耳たぶに穴をあけ、それを長く伸ばすこと」と「抜歯」だ。サバさんは「若者に伝承されずに消えつつある」と感じている。
直径5~10センチメートルの長い穴があいた耳たぶは、伝統的なファッションであり、また「知恵と尊厳のシンボル」とされてきた。男女関係なくだれもがやっていた。
ところがマサイ族の若者はいまや、好んで耳に穴をあけなくなった。マサイマラで育った主婦のマリアン・ナシパイさん(26歳)は「穴を耳にあけたマサイ族は50歳以上の人たち。古い(年老いた)世代だよ。私はやりたくない。耳たぶに穴をあけて、飾りをつけているマサイ族はもうじき見られなくなる」と話す。
マサイ族の儀礼のひとつである、下の前歯1~2本を抜く文化(抜歯文化)も敬遠されつつある。
ナシパイさんは「私の両親は、マサイ族の文化である抜歯を、痛かったから娘にさせたくはない、という理由で強制してこなかった。歯を抜くなんてできないし、今はもう、文化が必ずしも強制されなくなっているわ」と語る。
抜歯するマサイ族の若者はいまや少数派だ。そのひとり、マサイマラで生まれ育ち4人の男児をもつサファリパークの観光ガイド、ルース・オレレボイさん(36歳)は「長男(11歳)の歯をもうじき抜く予定」と話す。伝統に従い、麻酔や薬は使わない。出血が止まらない人もいるという。