年間6万人が誘拐されるメキシコ、娘を取り戻すため犯人と闘う母を描いた映画「母の聖戦」が1月20日上映へ

映画「母の聖戦」の主人公シエロ(右)とその娘ラウラ(左)。2人はメキシコ北部でつつましい生活を送っていた

「この銃で自殺するか、誰かを殺したい」

だがシエロは誘拐グループに屈しなかった。警察にも元夫にも頼らず、一人で娘を取り戻そうと動き出すのだ。ミハイ監督がもうひとつ伝えたかったのは、この娘を思う母の強さだ。

シエロはある日、自分の車の後ろに軍用車が停まっていることに気づく。すると軍用車に駆け寄り、乗っていたラマルケ中尉に助けてほしいと懇願する。また誘拐グループとつながりのある葬儀屋を見張り、グループのメンバーの後をつけ、アジトを調査する。その情報をラマルケ中尉にリークし、誘拐グループを壊滅させるのだ。

「映画では悲観的なことが多く起きるが、シエロはそれに耐え、対応する。苦境に強い女性を示したかった」(ミハイ監督)

こんな気骨な母であるシエロにはモデルがいる。メキシコ人の人権活動家のミリアム・ロドリゲスさんだ。ロドリゲスさんの娘は2012年、車を運転中に2人組の男に誘拐された(2014年に死亡が確認)。

ロドリゲスさんは娘の居場所を突きとめるため、一人で調査を開始。犯人の名前や住所を記憶し、ときには選挙管理委員やヘルスワーカーと偽って犯人やその家族に接近した。彼女の捜査が元となり、ロドリゲスさんの娘を殺害した犯人10人が逮捕された。

ミハイ監督はメキシコで取材をしているときに、ロドリゲスさんと知り合った。ロドリゲスさんは、はたから見ればどこにでもいる50代の主婦。そんな彼女がミハイ監督の前に銃を置き、こう言ったのだ。

「毎朝起きるたびに、この拳銃で自殺するか、誰かを殺したいと思う」

ミハイ監督は、この暴力的な言葉に驚き、彼女のドキュメンタリーを作ろうと決意した。だが現場の撮影は危険を伴う。安全のためにスタッフひとりひとりにボディガードをつけなければならない。またロドリゲスさんを含め、協力者の命が狙われる可能性もある。そこでミハイ監督は、彼女をモデルとしたフィクション映画に切り替えた。

だが悲劇は起きた。ロドリゲスさんは2017年5月10日、自宅の前で襲撃を受け殺された。

ミハイ監督はロドリゲスさんとこの作品について、こう思いを語る。

「彼女(ロドリゲスさん)と多くの被害者へのリスペクトからこの作品を作った。たくさんの人に見てもらい、そして議論してほしい」

ラウラを取り戻すため、自分で手がかりを探し始めるシエロ。葬儀屋やキオスクを見張って、誘拐グループの後をつける

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テオドラ・アナ・ミハイ監督。独裁者と呼ばれたチャウシェスク大統領の政権下のルーマニアで生まれ、その後ベルギーへと逃れた

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