総選挙を5月14日に控えるタイは、1%の富裕層が67%の富を占めるといわれる格差社会だ。この格差を生み出したのが、王室と財閥が結託した経済システム。タイ北部のチェンマイに住む民主活動家は「国王が財閥を優遇し、代わりに献金を受け取る。やっていることはマフィアと同じだ」と批判する。(第1回はこちら)
タイには見えない壁がある
浅黒い肌に特徴的な口ひげをたくわえた男。彼の名前はジョー(29)。共産主義のシンボルマークである鎌とハンマーの入れ墨を両手に入れる生粋のマルクス主義者だ。
ジョーは数年前に、東北部にあるコンケーン大学の法学部を卒業した。現在はロースクールに入るため勉強するかたわら、活動家のグループ「タルファ」に所属してデモを企画する。
議会の解散や憲法改正を求めるデモが活発になった2020年、ジョーは友人らとともにタルファを立ち上げた。翌年には、バンコクで拘束された活動家らの解放を求めて、コンケーンでデモを打った。約300人のデモ隊はコンケーンの警察署前まで行進。催涙弾が撃ち込まれる中、機動隊と押し合いとなった。激しい衝突も辞さないのがタルファの特徴だ。
タルファとはタイ語で「限界を超える」という意味だ。このネーミングの由来についてジョーはこう話す。
「タイには見えない壁がある。王室だ。王室があるから自由が奪われている。私たち(タイ人)はこの壁を越えなければいけない」
最大のブルジョワジーは国王
ジョーが問題視するのは、王室と財閥が結託してタイの富を独占する経済システムだ。ジョーは皮肉を込めてこれを「王室経済」と呼ぶ。
タイでは財閥が産業を支配してきた。例えば年間の売り上げ820億ドル(約11兆円)を誇るチャロンポカパン(CP)グループは2020年、英国に本社を置くテスコの東南アジア事業を買収。日用品市場のシェアは約84%に達する。ビール産業ではシンハーを製造するブンロート・ブリュワリーとチャーンのタイ・ビバレッジの2社で90%以上を占める。
この財閥の寡占を強めるのが王室だ。
「王室は大企業を優遇し、その見返りに多額の献金を受け取っている」(ジョー)
王室は、関連財団に献金をした企業の重役に勲章を授与する。その勲章があれば、銀行から低金利で融資を受けたり、王室関係者などと新たなネットワークを築くことができるという。
また王室に近い財閥は、王室財産管理局が管理する不動産なども借りられるといわれる。キャパ10万人のバンコク最大の会議場「シリキット王妃国際会議場」の50年間の使用権はタイ・ビバレッジの子会社が取得した。
「国王は財閥から献金を受け取るだけじゃない。国王そのものが財閥なんだ。国王はタイで一番のブルジョワジー(資本家)さ」
ジョーがこう指摘するのは、国王がサイアムセメントやサイアム商業銀行など、タイを代表する大企業の実質的な筆頭株主だからだ。2018年に王室財産の法律が改正され、王室財産管理局がこれまで管理していた4兆円相当の資産が、国王個人の名義となった。その中に大手企業の株も含まれる。
サイアムセメントとサイアム商業銀行は、2021年に米国の経済紙フォーブスが売り上げや企業価値などを考慮してつけた企業ランキングでタイ国内で2位と4位につけた。かなりの額の譲渡金が国王に流れているとされる。
「国王は財閥を所有したり、優遇して献金を受ける。やっていることはマフィアと変わらない」とジョーは言う。