「パーティーの帰り道、刃物を持つ男から私を守ってくれたのは、合気道で培った技と精神」。そう話すのは、コロンビア第2の都市メデジンにある日本文化センター「春のひなた」の一角で合気道の道場を開くアンヘリカ・ヒメネスさん(43)。コロンビアでは、フェミサイド(性別を理由に女性を標的とした殺人)の被害者が年間600人を超える。ヒメネスさんは、暴力の標的になりやすい女性に向け、合気道の技と精神を教えるワークショップを開催中だ。
あと少しで殺されていた‥‥
「バス停まであとちょっとのところで、知らない男がナイフを持って近づいてきた」。ヒメネスさんは、メデジンの夜道で経験した恐怖をこう振り返る。彼女は運良く一命を取り留めたが、ラテンアメリカではフェミサイドの件数は増えている。
ラテンアメリカでフェミサイドが頻発する理由のひとつに、「マチスモ」の存在がある。マチスモとは、男性の“男らしさ”を強調する価値観だ。
「男性は女性より優れている」という考えを助長しやすいマチスモは、「女性は潜在的に弱い」という価値観を社会に植え付ける。「女性は男性に対して無意識に弱さを感じている」とヒメネスさん自身も感じたことがあると話す。
マチスモは、歪んだジェンダー規範だけでなく、最悪の場合女性に対する暴力を許容する価値観をも生み出す。こうした価値観はコロンビアにも根深く、女性たちをフェミサイドの脅威に陥れている。
撃退の鍵は「技」と「自信」
抑圧的なジェンダー規範やフェミサイドの脅威がいまだ深刻なコロンビア各地で合気道のワークショップを開くヒメネスさんは、女子の参加者に対して「合気道を用いたエンパワーメント」を実践している。その理由は、合気道が教える「技」と、稽古を重ねる中で獲得する「自信」にある。
合気道は、攻撃ではなく、相手の力を利用して相手を制する武術。体格に依存せず相手を抑えることができる合気道は、女性が身を守るために適している。
比較的小柄なヒメネスさんが合気道を始めたのもこれが理由だ。「背が小さい私にも、ぴったりだった」と当時を振り返る。
「私も襲われたとき、最初はパニックになった。でも相手が男性だからといって萎縮せず、自分はできると信じたことで、撃退できた」(ヒメネスさん)
体格に差があっても練習の中で成功体験を積むことで、彼女は自分を信じられるようになった。合気道は、無意識に劣勢だと感じている女性の「心構え」を鍛えることもできるのだ。
女性に対する暴力が多発するコロンビア。「すべての女性が護衛術を学べるようにしたい」とヒメネスさんは意気込む。