「弟は聴力を奪われ、義兄は殺された」 コロンビアでマフィアに狙われたベネズエラ難民

経済が崩壊したベネズエラから7年前に避難してきた元ベネズエラ国軍兵士のホセ・ナサリオさんが暮らすコロンビアの貧国地区アヒサル。写真は住民が集う飲み屋

「暴力に耐えずにここに住むのは不可能」。そう語るのは、経済が崩壊したベネズエラから2016年にコロンビア第2の都市メデジンに逃れてきたベネズエラ難民のホセ・ナサリオさん(35歳・男性)だ。ナサリオさんは、避難先でマフィアに狙われ、弟と生き別れた過去をもつ。

難民はマフィアと関係をもちやすい

ナサリオさんは、コロンビアと国境を接するベネズエラ西南部のアプレ州の出身。アプレ州は草原が広がり、牧牛が盛んな地域だ。ナサリオさんはここで妻、息子、弟、弟の妻、その兄など大家族で暮らしていた。

のどかな日常は突如、終わりを迎えた。2016年のある朝、コロンビアからやってきた左派ゲリラに家を襲撃されたのだ。土地を奪うためだ。身の危険を感じたナサリオさん一家は着の身着のまま家を出た。

ナサリオさんはその後、家族と一緒にメデジンに避難した。粗末な家を路上に建てて暮らした。

だが3年後、不法占拠していることを理由に警察に家を燃やされた。家を再び失ったナサリオさん一家は、メデジンのすぐ隣のイタグイに移る。

しかし災難は続く。辿り着いた土地はマフィアの縄張りだった。ここでは「場所代と用心棒代を払え」と脅された。

お金を払えば生活の安全が保証される。だが正義感の強いナサリオさんは「払えば悪に加担することになる」とマフィアの要求を拒んだ。

暴力はそこから始まった。マフィアが毎日家に来てはナサリオさんを「殺す」と脅したり、拳や鈍器で殴ったりした。「マフィアは弟の耳元で7回発砲した。弟は耳が聞こえなくなった」とナサリオさんは涙ながらに語る。

マフィアにお金を払った義兄がナサリオさんの家まで押しかけ、脅したこともあった。マフィアのボスがナサリオさんからお金を回収するよう義兄に指示したからだ。ボスに逆らえない義兄はピストルを片手に、マフィアが人を殺した動画をナサリオさんに見せて「お金を払わなければ殺す」と脅迫した。

「恐怖で脈が異常に速くなった。思考も停止した」とナサリオさん。脅しや暴力に耐えかね、警察に通報した。素性がばれるのを恐れたマフィアのボスは義兄を殺した。

マフィアはその後、去っていった。だが弟はコロンビアを離れ、米国へ逃げた。

コロンビアで暮らすベネズエラ難民と地元マフィアの関係についてナサリオさんはこう説明する。

「ベネズエラ難民はマフィアと関係をもちやすい。難民はお金も土地もないからだ。生活費や住まいがまず必要となる難民はマフィアにお金を借りたり、マフィアの息がかかる場所に住む。借金を返済できなかったり、地代を払えなくなったら、マフィアの手下として麻薬の密売や人殺しを命じられるようになる。マフィアにとって都合が悪くなれば簡単に殺すことが可能だ」

スラムに森をつくる

ナサリオさん一家は2020年、マフィアから逃れイタグイのアヒサル地区に引っ越した。アヒサルは、コロンビアの国内避難民やベネズエラ難民といった貧困層が集まるエリアだ。コロンビア人のオーナーから無償で土地を譲り受けた。そこに妻(33歳)、息子(16歳)、娘(3歳)との4人で暮らす。

ナサリオさんはアヒサルに引っ越してから、家の周りで環境保全活動に勤しんできた。例えば、捨てられていた木材や布を使って家や橋を作ったり、山の湧き水から水道を引いたりした。

自宅近くの空き地で家庭菜園や植樹も行う。アボカドやオレンジ、バナナ、コーヒー、ヤシなどを育てている。「食べ物がないときは食べるよ」とナサリオさん。自ら作った場所をアマゾンの通称「地球の肺」になぞらえて「イタグイの肺」と誇らしげに話す。

こうした活動に励む理由についてナサリオさんは「アヒサルに引っ越して、暴力はなくなった。しかし仕事が思うように得られず、生活は貧しい。善い行いを続ければいつか誰かが救ってくれると願っている」と切実に語る。