補助金廃止でバス代が10倍に
多くの期待を背負って当選したミレイ氏だが、国を立て直す具体的な道筋はまだ見えない。公約に掲げるドル化や中銀廃止について菊池氏は「短期的な実現は無理」と断言する。ドル化の実現には、アルゼンチン国内で課された外貨購入規制をなくす必要があるが、ミレイ氏も当面はこの規制は維持する方針だという。
「アルゼンチンほどの大きな経済規模の国がドル化するには、大量のドルが必要。だが現状は外貨不足。国際通貨基金(IMF)が全額を用意する状況でない限り、実現は難しい」(菊池氏)
さらに、完全なドル化や中銀廃止には憲法改正が必要だ。ただ、憲法改正の発議には3分の2の国会議員の賛成が必須で「過半数にも満たない自由前進の議席数では到底無理だ」と菊池氏は話す。
上下両院ともに1割程度の議席しかもたないミレイ政権が、マクリ氏やブルリッチ氏が率いる右派政党「共和国提案(PRO)」 との連立政権になるのは確実だ。菊池氏によると、左派の穏健派にも声をかけているという。そのターゲットは、20年近くにわたって政界で絶大な力を握ってきたクリスティナ・フェルナンデス・デ・キルチネル元大統領の派閥(急進左派)に属さない正義党議員たちだ。
「ドル化や中銀廃止の公約をミレイ氏が仮に実行しなくても、インフレが収まればそれでいい」と考える経済学者もアルゼンチン国内にはいる。だが菊池氏は「ミレイ氏にとってドル化と中銀廃止は(インフレを抑える手段ではなく)目的と化している雰囲気がある」と指摘する。ただ最終的にどうなるかは未知数だ。
大統領の就任式は12月10日。晴れ舞台を終えたミレイ政権がまず取り組むとされるのは、政府の歳出削減だ。財政赤字ゼロを目指し、補助金の削減や国営企業の民営化といった方針はすでに打ち出している。
また規制緩和を進め、海外からの投資を増やし、雇用を創出する狙いもある。菊池氏は「行政改革の法案を就任式の翌日に議会に提出する。この法案の内容が今後の試金石のひとつになる」と強調する。
ただ、痛みを伴う改革にアルゼンチン国民が耐えられるかどうかは疑問だという。アルゼンチンの公共バスの料金は約60ペソ(10〜20円)。補助金が打ち切られれば、そのおよそ10倍の150〜200円まで跳ね上がるとみられる。「インフレが落ち着くまで1年半〜2年かかるとミレイ氏も述べているが、『そんなにかかるのか』という国民の反応もあった」(菊池氏)
不確かなことばかりのアルゼンチンの今後について、菊池氏はこう予測する。
「(大統領の任期である)4年間でインフレを抑えられれば間違いなくミレイ氏は再選できる。だが経済面で結果を出せなければ、ペロニスタ(正義党員)が虎視眈々と復帰を狙うだろう。正義党の実力者であるクリスティナ・フェルナンデス・デ・キルチネル元大統領の支持基盤であるブエノスアイレス州のキシロフ知事あたりを担ぐのではないか」