バンコク在住14年のミャンマー人青年「タイに来たのは正しい決断だった。でも幸せではない」

ニェインチャンさん。ヘアサロンの開業を夢見る妻のタンモーさんに髪を切ってもらっている(バンコク中心部の自宅で撮影)

15歳でタイ・バンコクに来た、ミャンマー南東部モン州出身のニェインチャンさん(29)。バンコク中心部のシーロム通り沿いにあるバーで、週6日深夜まで働き、仕事終わりにミャンマー人の友人に手料理を振る舞う日々。バンコクでは故郷の村よりも稼げるうえ、在留資格を得さえすれば身の安全も確保される。しかし、「タイでの生活は好きではない。ミャンマーにいる家族に会いたい」と物憂げに話す。

自慢の一品は牛煮込み

バンコクに来て最初に就いた仕事は家具の修理。その後は、プラトゥナム・マーケットでミャンマー料理屋を開業したり、日本食レストランやトヨタの中古車販売店で従業員として働いたりするなど、仕事を転々とした。現在はカクテルバー「マルカス・エックス・ワイン・クライマッツ」のキッチンでパスタやステーキを作る。月曜から土曜まで午後3時から深夜1時まで働く。

帰宅すると、近所に住むミャンマー人の友人が夜更かしして彼の料理を楽しみに「食材を持って待ち構えている」と嬉しそうだ。料理は大好きで、自慢の一品はミャンマーの伝統料理であるアメターヒン(牛肉の煮込み)。

バンコク在住14年にもかかわらず、ニェインチャンさんはタイが好きではない。ミャンマー人とは親しく付き合うが、タイ人の友人はゼロ。仕事以外でタイ人とかかわる機会はない。そのためタイ語は少ししか話せないが、「積極的に学びたいとは思わない」。仕事で使うタイ語の調理手順書はグーグル翻訳でビルマ語に訳して読む。

タイ語を使えることが給料に直結するわけではない。「タイ語ができて、一生懸命働いても、タイ人の同僚が嫉妬して自分を排除しようとしてくる」と打ち明ける。タイ人の従業員が多いほど嫉妬が生まれやすいため、少人数の職場を探すようにしているという。

同胞に仕事を紹介したい

ミャンマーで国軍が権力を掌握して3年半。この2月に国軍が徴兵制の導入を発表して以降、隣国のタイに逃れるミャンマー人は急増した。

「来たばかりの若者が在留資格のないままバンコクの街中へ繰り出すことは心配。前の職場で勤務中、通りすがりのミャンマー人2人が突然目の前で警察に逮捕され、連行されていった。在留資格を手にするまでは気を抜くことなく、お金を貯めておくべきだ」と忠告する。

現在はミャンマー難民の1人を自宅に住まわせ、食事も与える。「在留資格がなければ働き口を見つけられない。自分が仕事を紹介したい」と支援に前向きだ。ミャンマー人の中には、仕事を斡旋する代わりに5000バーツ(約2万1000円)という安くない紹介料を要求したり、金銭を受け取って行方をくらましたりする者もいるという。「ミャンマーの大変な状況から逃れてきた人たちは金銭的にも苦しい。たとえ自分が貧しくても、彼らからお金を取ることはできない」と寄り添う。

ニェインチャンさんの調理器具。友人に料理の腕を振るう(バンコク中心部の自宅で撮影)

ニェインチャンさんの調理器具。友人に料理の腕を振るう(バンコク中心部の自宅で撮影)

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