紛争・風評・経済制裁
「(シリアで2011年に)内戦が始まったとき、絶対にこの仕事をやめたくないと思った。それは内戦に屈することだ」と太田さんは語る。内戦下を含め6度シリアに渡航した太田さんは、ファンサ社の従業員たちのことも知っている。せっけんを売ることは彼らの生活を支えることだ。
アレッポは最大の激戦地のひとつ。街の3分の1が壊滅した。ファンサ社にも腕や足を撃たれた従業員がおり、経営者のタラール・ファンサさんの妻と子どもは地中海に浮かぶ国キプロスに逃れた。工場も爆撃で半壊。2014年に地中海沿いの都市ラタキアに移転した。
アレッポの工場は2020年から建て直し、翌年の春ごろに試運転を開始。7年ぶりとなる同年11月、本格的に再稼働した。ラタキアの工場は2024年夏に完全に撤収した。
紛争の影響は日本の購入者にも及んだ。「シリアで砲弾に使われた劣化ウランがせっけんに混入して危ない」などの根も葉もない噂が流れた。太田さんはファンサ社や専門家に聞き取り調査をし、事実ではないことを確認した。シリア内戦と、2003年に起きたイラク戦争で米軍が対戦車用に使った劣化ウランが結びつけて考えられたことによる誤解だった。
アマゾンで販売禁止
追い打ちをかけたのは、ネットショッピングサイトのアマゾンでの販売が2016年に禁止されたこと。米政府の経済制裁で、テロ支援国家とされたシリアで生産された商品は扱えなくなった。
国内外でシリアへの逆風が強まるなか、売り上げの約3割を占める日本向けの輸出を途絶えさせないためにも「絶対にやめたくない」との気持ちが強まった太田さん。シリア関連のイベントや自然食品フェアへの出展などを通して、アレッポの石鹸の魅力と紛争下のシリアを訪れた経験を伝えている。
アレッポの石鹸は、アレッポの特産品として1000年以上前から作られている。オリーブオイルとローレルオイルを原料とするシンプルなもので、配合によって「ライト」「ノーマル」「エキストラ40」の3種類がある。ロフトや東急ハンズ、自然食品店などの実店舗とオンラインショップで購入できる。