
ビジョンは「医師」
フェリス氏は、シェフだけでなく、「ビジョン」(ブードゥー教の占い師)の役割も担う。ブードゥー教では、シェフがビジョンを兼ねることは珍しくない。
人間の悩みは大きく分けて2つに分類される。ひとつはスピリチュアルな問題で、グリグリに起因するもの。もうひとつは医学的な問題だ。病院で診察を受けても原因がわからない場合、その問題はスピリチュアルなものだという。そしてビジョンのもとを訪れるのだ。
ビジョンは、相談者の悩みの原因を特定し、どの神が問題を解決できるかを伝える役割を果たす。占いには「ファ」という8つの貝殻や木のみなどをチェーンでつないだ道具を地面に投げつけ、それらの向きなどから必要なことを知るのだ。
フェリス氏によると、ビジョンは病院で言えば「医師」で、ブードゥー教の神の力は「薬」のようなもの。「ビジョンの存在は重要だ。正しい診断なしに治療はできない」
1日の睡眠はわずか2時間
フェリス氏がシェフになったのは20歳(1995年)のときだ。その年、赤ん坊だった自分の2人の子どもがグリグリをかけられ命の危機に瀕する。焦ったフェリス氏は、あるシェフに助けを求めた。そこで神の力を授かり、シェフになった。だが間に合わず、2人は死んだ。
グリグリには善いものと悪いものの2種類がある。「私は人々を救うための善いグリグリのみ使う。不幸にする悪いグリグリは使わない」とフェリス氏は語る。
ブードゥー教の信者は昼夜を問わず訪れる。このためフェリス氏は1日わずか2時間しか眠れないことも。食事中でも来訪者が来れば、食べるのをやめて相談にのるという。
「フェリス氏は心臓に医学的な問題を抱えている。それなのに食事もろくにとらず、睡眠不足で働き続けるのは本当に過酷だ」(フェリス氏の下で働く別のシェフ)
だがフェリス氏は自身の仕事を過酷だとはとらえていない。「私は人々を助けることができて幸せだ」と微笑む。

ブードゥー教のビジョン(占い師)が使う「ファ」。8つの木の実がチェーンでつながれている