ケニア西部のケリチョー郡の住民を対象に、国際協力NGOのHANDS(本部:東京・東上野)が手がける家庭菜園を広める活動が広まりつつある。同団体の北島慶子ケニア事務所長は「家庭の食卓におかずがひとつ増えた。栄養のある食事を幼児にとってもらうことが大切」と語る。ケリチョー郡はケニア国内でも、5歳未満児の栄養不良の比率が高い地域だという。
■コロナで給食がなくなった
家庭菜園の普及プロジェクトは2019年1月から3年計画として始まった。外務省の日本NGO連携無償資金協力(N連)に採択され、助成金は年間約5200万円。
このプロジェクトが目指すのは、ケリチョー郡で暮らす5歳未満児の栄養指標(低身長、痩せの割合)を、ケニア平均の26%、4%にすることだ。2017年の数字はそれぞれ28.7%、6.6%だった。「5歳未満児の栄養不足は、頭脳やからだの発育の遅れの要因になりうる」とHANDSのスタッフである八木志津子さんは警鐘を鳴らす。
ケリチョー郡には、1歳半で受ける予防接種から5歳になって小学校へ進学するまでの間、身体測定を受ける制度がないという。
日本の幼稚園にあたる、5歳未満児が通うECDE (幼児発達教育)センターのいくつかでは、幼児の栄養を補うため給食を提供する。だが新型コロナウイルスのあおりでセンターは閉鎖中だ。「家庭でも栄養のある食事を幼児が食べられるよう、家庭菜園のニーズが高まっている」と北島さんは語る。
■ピーナツやケールを家の庭で
家庭菜園での栽培方法を住民に指導するのは、住民の中から選ばれた保健ボランティアだ。保健ボランティアは、HANDSが主催する農業栄養学の研修で、野菜や豆類などの育て方を学ぶ。約270人が保健ボランティアに登録している。
「保健ボランティアは、住民とHANDSの懸け橋の役目を担う。野菜の栽培方法を単に伝えるだけでなく、住民同士が教えあうことに意味がある。同じ村の住民だからこそ、保健ボランティアの言葉や行動は説得力をもち、家庭菜園に関心を寄せるようになる」(北島さん)
家庭菜園で栽培するのは、穀物(アワ、メイズ、トウモロコシ)、豆類(ササゲ、ピーナツ)、野菜(ケール、アマランサス、タマネギ)、根菜(サツマイモ、キャッサバ)、果物(パパイヤ、ツリートマト)の5種類だ。
5種類を栽培することで、偏りが少なくバランスのとれた食事が可能になる。特に5歳未満児は、炭水化物、野菜、果物、たんぱく源(牛乳など)をまんべんなく摂取することが欠かせない。
偏りのある食事とは、たとえば砂糖入りのミルクティーとウガリ(トウモロコシの粉を湯で練り上げたアフリカ伝統の主食)だけの食事を指す。紅茶の産地であるケリチョー郡では、大量の砂糖を入れたミルクティーが好んで飲まれるという。
「この食事だとトウモロコシ(穀物)とたんぱく源の摂取に偏ってしまう。家庭菜園を広めるのは、こうした食事で足りない食材や栄養を補うため」と八木さんは説明する。
家庭菜園はまた、台所をあずかる主婦にとっても便利だ。家の敷地で作物を育てるため、食材を買いに行く手間も省ける。
■土嚢の袋でタマネギ育てる
保健ボランティアが教える栽培方法は2つある。
ひとつは、菜園を8つに区切り、同じ畑に一定期間ごとに異なる作物を植える「輪作」だ。輪作には、土の養分バランスを整え、害虫の発生を防ぐメリットがある。
家庭菜園として使う畑は、土地の形や家の敷地面積により広さはまちまちだ。推奨するのは500平方メートル(テニスコート2つ分)だという。栽培する4種類(穀物、豆類、野菜、根菜類)をそれぞれ2つずつ、計8つの作物の苗や種を区画ごとに植える。
5種類目の果物は、区画が交差する箇所や区画の周辺に植える。
もうひとつは、狭い敷地でも手軽に取り組める「マルチストーリー(複層)式の寄せ植え」だ。土嚢(厳密には、メイズやジャガイモなどを運搬するための袋。スワヒリ語で「グニア」)に使う袋を鉢植えの代わりにして、上にタマネギを、袋の側面には穴をあけてケール(青汁にも含まれる栄養満点の野菜)の苗を植える。ケリチョー郡農業局が紹介した栽培方法だという。
このやり方の利点はコストが削減できる点だ。輪作と比べて表面積が少ないため、水をやる量を節約できる。1つの土嚢袋の値段は数百ケニアシリング(数百円)ぐらいで手に入るという。
■食が豊かになった
ケリチョー郡でHANDSはかねてから、5歳未満児がいる低所得者層の68世帯を対象に食事内容の変化を調べてきた。
調査でわかったのは、この2年間(このプロジェクトの先行事業の調査結果も含む)で5歳未満児のいる家庭で食べる食品群の数(国連食糧農業機関が推奨する8の分類)が平均して1つ増えたことだ。
調査を始めた当初は、炭水化物、野菜、たんぱく源(主に牛乳)、果物の3つを含む食事をしていた。それが2年後には豆類、肉、魚を加えた4食品群に増えたという。