南米ベネズエラで2020年12月6日に国会議員選挙が実施され、マドゥロ大統領率いる「統一社会党」が圧勝した。議席の大多数を獲得し、マドゥロ政権は立法・行政・司法の三権を完全に掌握することになった。ベネズエラの専門家である、アジア経済研究所の坂口安紀主任調査研究員は「(国民の大多数を占める)反マドゥロ派の市民は大きな無力感を抱えている」と語る。
反対勢力を排除してきた
今回の選挙では、与党・統一社会党とマドゥロ政権が取り込んだ野党が、あわせて92.8%の議席獲得率(得票率は68.4%)を得て圧勝した。この結果について坂口氏は「マドゥロ政権が勝つのは当たり前。彼らは完全に勝利するために準備してきた」と話す。
まずマドゥロ政権は選挙に先立つ2020年6月、選挙管理委員会の委員をマドゥロ派で固めた。ベネズエラの憲法は選管の委員を「国会が任命する」と定めるが、憲法に反して最高裁判所(マドゥロ政権寄り)に任命権を与えた。
国会が無視されたのは、マドゥロ政権が国会を無効化させたためだ。2015年12月の国会議員選挙では野党が過半数の議席を獲得。ところが野党の力を排除したいマドゥロ政権は2017年8月に、国会の機能を担う制憲議会(与党が全議席を占める立法組織)を発足させた。
「2015年の国会議員選挙では、選管の委員の大半がマドゥロ寄りだったことで、マドゥロ政権は国際社会から批判された。委員の入れ替えも要請された。それに応える形で入れ替えたとマドゥロ政権は言うが、再びマドゥロ寄りの委員で固めただけ。何の意味もなかった」(坂口氏)
最高裁はこのほか、主要な野党(大衆意思党、正義第一党、民主行動党)の党首の交代を命じた。坂口氏は「有権者が選挙で選んだ議員を、最高裁判所が勝手に変えるということ。普通はありえない」と首を捻る。
代わりに党首に就いたのは、野党の中で“くすぶっていた政治家たち”だ。「マドゥロ政権は、魅力的な役職と引き換えに、野党の中でくすぶっている政治家を味方に引き込む」と坂口氏は分析する。戦略や権力をめぐって野党の中で起こる対立につけ込んで、味方を増やしていくのがマドゥロ政権のやり方だという。
こうしてマドゥロ政権が「完全に勝利するために準備した」選挙について、坂口氏は「どう考えてもおかしいが、(マドゥロ政権寄りの)選管も最高裁も問題ないと主張している」と話す。
「マドゥロ政権にとって、選挙は民主主義を担保するためのものではない。出来レースを仕組んで、“自分たちは民主主義にもとづく選挙によって選ばれた”と主張するためのツールとして使っている」(坂口氏)
選挙に参加することで正当性を与えたくない野党がボイコットし、出来レースで圧勝したマドゥロ政権。ただ今回の選挙で、制憲議会によって無効化されていたとはいえ、野党が多数派を占めていた国会は消滅した。これで、マドゥロ政権は三権を完全に押さえたことになった。
カネで支持者を釣る
マドゥロ政権は選挙で勝つべくして勝ったが、問題は投票率が31%と低かったこと。前回(2015年)の国会議員選挙の投票率(70%超)と比べても半分以下にとどまった。
これについて坂口氏はこう説明する。
「マドゥロ政権が重視するのは、正当性を高めるためにいかに投票率を上げるか。今回の投票率は前回より低いのも事実だ。ただマドゥロ大統領の支持率は10%台といわれる。これはつまり、マドゥロ政権を本当に支持する人だけでなく、『マドゥロ政権を支持しなければならない人たち』がそれなりに投票に行ったことを意味する」
マドゥロ政権を支持しなければならない人たちとは、マドゥロ政権を支持しなければ食料の配給を受けられなかったり、仕事を追われたりする人たちのことだ。
得票率を高めるために、マドゥロ政権は支援者にモノやお金を配る。投票にインセンティブをつけることで投票率を高めるのが狙いだ。今回の選挙では、マドゥロ政権は投票前に支援者にボーナスを支給していたという。
これまでの選挙でも、マドゥロ政権は支援者に「愛国カード」と呼ばれるカードを配ってきた。マドゥロ政権への支持を表すもので、このカードを持っていれば、選挙が終わってからも食料を受け取ることができるという。
「カードが配られた当時、マドゥロ大統領がテレビのCMで宣伝していたのをよく覚えている。マドゥロ大統領への支持を示すカードというイメージが植え付けられた」(坂口氏)
投票に行き、マドゥロ政権に票を入れなければ職を追われる人もいる。それは公職につく人たちだ。公務員であれば、投票に行かなかったり、野党に投票したりすると解雇されるという。
ほかにも、「故チャベス大統領が低所得者向けに建てた住宅があるが、そこの住人は与党を支持することが暗黙のルール。もし与党を支持しなければ、家を追い出されるおそれがある」と坂口氏は明かす。