公立病院の医療費が無料のベラルーシでは、小児用肺炎球菌や三種混合といった予防接種のワクチンがないことはざらだ。ユニークなのは、こうした事態にもかかわらず、ベラルーシ人は不満をもつどころか、「仕方がない」と受け入れていること。首都ミンスク在住で、3歳の子どもをもつアレーナ・クラウチャンカさんは「予防接種を数週間見送ることもある」と気にしない様子だ。
入荷を待てばいいだけ
クラウチャンカさんによると、ほとんどのベラルーシ人は予防ワクチンが入荷されるまで黙って待つという。「ワクチンがあれば運が良かったということ。なければ入荷されるまで待てばいいだけ」とクラウチャンカさんは話す。
病院にワクチンがスタンバイされていなくても、ベラルーシ人が不満に思わない理由はいくつかある。
第一の理由は、ベラルーシの公立病院では、病気やけがの診察・治療から、手術、予防接種まで費用は一切かからないことだ。無料の医療の恩恵を受けているため、年金受給者や低所得者であっても負担なく病院通いができることを意味する。とりわけ、生活に余裕がなく、医療を必要とする年金受給者にとってはありがたい政策だろう。
ベラルーシの労働社会保護省によると、年金受給額(2020年12月)は1カ月平均で482.62ルーブル(約2万300円)。これは、平均月収(2021年1月)である1290ルーブル(約5万3000円)のおよそ4割しかない。
ちなみにベラルーシの年金受給開始年齢は、男性は62歳6カ月、女性は57歳6カ月。ただ実際は、年金を受け取りながら仕事を続ける人も少なくない。
年金受給者が働く場合、年金の一部を国は回収する決まりになっている。このため仕事を続けたとしても、生活の困難さはさほど変わらないという。
富裕層は私立病院に!
第二の理由は、公立病院にワクチンがなくても、私立の病院に行けば有料でワクチンを接種できるからだ。
富裕層を対象とする私立病院で、ワクチンが不足することはめったにない。第二の選択肢があることで、予防接種スケジュールに遅れも出なくて安心だ。三種混合ワクチンのインファンリックス(ベルギー産)の接種費用は約60ルーブル(約2500円)。
ただ「庶民にとってみれば、有料のワクチンは手に届かないものだ」(クラウチャンカさん)。ベラルーシの幼稚園の費用は1カ月75ルーブル(約3100円)。庶民がひと月の保育費に匹敵する費用を一回のワクチン接種に払うのは重すぎる。
第三の理由として考えられるのは、ベラルーシ人の気長さ。無料の公立病院には連日、多くの患者が訪れる。当然、診察や治療を待つ時間は長い。ミンスク市27番病院では、医師に健康診断書を書いてもらうのに、3時間待ったという人もいるほどだ。
だが、「どれだけ待たせるんだ!」と病院にクレームをつける人は皆無だ。クラウチャンカさんは「不便に感じることはあるけれど、私たちの国はどうせ変わらない。異議を唱えてもしょうがない」と諦めの境地だ。
ベラルーシの公立病院では、患者が多いうえに、医者も圧倒的に足りない。公立病院は、私立病院に比べて給料が低く、医者も医学生も公立病院では働きたがらないという。医者1人当たりの患者数が多いため、待ち時間が長くなってしまうのだ。
ベラルーシで待つのは病院だけではない。銀行や郵便局もそうだ。ベラルーシ人は普段から列に並んで順番を待つことに慣れている。「待つこともそれほど苦にならない」と口をそろえる。
ロシア語のジョークにもベラルーシ人のおおらかさが垣間見える。ベラルーシ人は、雨が降っても傘をささない人が多い。理由を尋ねると、「ニェ・ サーハルナヤ・ニェ・ラスタ-ユ」(砂糖じゃないんだから溶けやしないよ)と言う。ちょっとぐらい雨に濡れても気にしないのだ。
外国人はリトアニアに
ここで気になるのは、ベラルーシ在住の外国人は不満に思っていないかどうかということ。
ベラルーシの公立病院では、外国人に対する診察・治療などはすべて有料だ。そのため外国人は、公立病院より待ち時間の少ない私立病院を好む。だが私立病院でも英語が通じないことが多く、ロシア語ができないと診察を受けるのはなかなか難しい。
韓国企業に勤める駐在員の妻、キム・スジョンさんはロシア語があまり話せない。「ベラルーシにワクチンがなければ、外国に行って、予防接種を受ける。いつ接種できるかわからないのは不安でしょうがない」とキムさんは話す。
キムさんは実際、当時生後4カ月だった娘を連れ、ミンスクから電車で片道1時間半かけて隣のリトアニアに行き、娘に予防接種を受けさせた。