ロヒンギャ難民をバングラデシュ政府が離島に移送させている問題で、立教大学の日下部尚徳准教授は「国際社会は批判だけではなく、(バングラデシュ政府に)協力する姿勢をとるべきだ」との見方を示す。バングラデシュへ流入したロヒンギャ難民の数は2020年8月時点で86万人以上。その多くが暮らす、世界最大規模の難民キャンプといわれる「コックスバザール難民キャンプ」は過密状態。ほかに居住地を設ける以外に選択肢はないという現実に直面している。
バシャンチョール島しかない!
バングラデシュ政府が2017年に発表した政策は、バシャンチョール島に最大10万人のロヒンギャ難民を移転させるというもの。対象となるのは、コックスバザール難民キャンプで暮らす難民のうち、移送に合意したとされる人だ。バシャンチョール島には2021年2月15日時点で7000人以上のロヒンギャ難民が移った。
日下部准教授によると、バシャンチョールの収容施設はバングラデシュ政府が自己資金で建てたもの。写真を見る限り、コックスバザール難民キャンプよりもはるかに充実しているという。
バシャンチョール島はもともと無人島だった。いたのは、船で通い、農業や漁業をする人のみ。この島は、増え続けるロヒンビャ難民の移転先としてバングラデシュ政府が唯一見つけ出したところだ。
「チョール」とはベンガル語で中洲という意味。ベンガル湾に注ぐメグナ川の上流から運ばれてきた土が堆積してできたのがバシャンチョール島だ。「(国際社会が批判するように)バシャンチョールは確かに、サイクロンのリスクが高い。十分に整備をしないと、水没する可能性も考えられるだろう」と日下部准教授は説明する。
ただコックスバザールでは、ロヒンギャ難民とホストコミュニティの住民(バングラデシュ人)の衝突が激化している。「そんな中、バングラデシュ人が住んでいないバシャンチョール島に難民を移せば、国民からの批判を抑えられ、しかも難民キャンプの過密も解消できるとバングラデシュ政府は考えたのだろう。国際社会からここまで強く批判されるとは思っていなかったのではないか」(日下部准教授)
災害リスクが高いのはどこも同じ
この政策が2017年に始まって以降、バシャンチョール島にはメディアや国際機関が入れない状態が続く。バングラデシュ海軍の管轄下にあり、バングラデシュ政府が許可した人以外は入れない。
「政策の発表直後は人が出入りでき、写真を撮る人もいた。だがその写真がきっかけになって、国際社会からの批判が高まった。いまでは、メディアも入れない機密状態になってしまった」と日下部准教授は話す。
日下部准教授も、実は2018年5月にバシャンチョール島に行こうとした。ところが海軍から海の上で止められたという。
バシャンチョール島が機密状態になってしまった原因について日下部准教授は、国際社会の対応に問題があったのではないか、と疑問を投げかける。バングラデシュ政府への批判を強め、協力していこうという姿勢をとらなかったからだ。
災害リスクが高いとの批判についても「周りの島も同じ程度のリスクがある。バシャンチョールに限った話ではない」(日下部准教授)。土砂の堆積作用でここ数年の間に出現したバシャンチョール島で暮らすバングラデシュ人は確かにゼロ。だが、同じくらい災害リスクのある場所で生活するバングラデシュ人は多い。
たとえば日下部准教授があわせて2年ほど滞在し、調査した隣のハティア島の南部は、サイクロンのリスクが最も高い場所として知られる。ハティア島の住民は約70万人と多い。だがハティア島では、バングラデシュ政府やNGO、国際援助機関がサイクロンシェルターや防潮堤をつくり、災害リスクを徐々に下げてきた。
「災害リスクの高いバシャンチョール島にロヒンギャ難民を移転させるな、と言われても、バングラデシュ人からすれば、そういうところに自分たちも住んでいる、と思いたくなるだろう。ハティア島をはじめ災害リスクの高い場所で暮らす人の知識を生かし、バシャンチョールも安全な場所にしていくべきだ」と日下部准教授は主張する。