世界保健機関(WHO)が定める、寄生虫症やウイルス感染症の総称「顧みられない熱帯病(NTDs)」のひとつに「マイセトーマ(菌腫)」がある。この病気への日本の対策を語るウェビナー(主催:日本顧みられない熱帯病アライアンス)が先ごろ、開催された。その中で明らかになったのは、製薬大手のエーザイが開発した薬の臨床試験が、東アフリカのスーダンで進んでいること。同国ではマイセトーマを「沈黙の死」として恐れる。
9400人以上が感染
マイセトーマとは、20以上の細菌や真菌(カビ)が引き起こす、進行性のある慢性的な感染症。皮膚に複数できる盛り上がった発疹から膿(うみ)が流れ出る。手足が変形して障害が残り、重症化すれば切断せざるをえない。スーダンでの別名は「沈黙の死」だ。
感染者の報告があるのは、熱帯・亜熱帯のスーダンやメキシコ、インドなど約40カ国。これらの地域を「マイセトーマベルト」と呼ぶ。病原体となる細菌や真菌は熱帯以外の地域にも存在するため、日本でも2000~2020年に11人(細菌性8人、真菌性3人)が感染した。
とくに多いのはスーダンだ。国内で確認した患者の総数は9400人以上にのぼる。首都ハルツームには、世界で唯一のマイセトーマ専門の研究機関・マイセトーマ研究所(ハルツーム大学内)もある。
患者の薬代も減る!
細菌性のマイセトーマは抗生物質で9割がた治療できる一方、真菌性のものには有効な薬がない。治る確率はわずか20~30%。再発も多いという。
そこで新しい治療法の研究に乗り出したのが、製薬大手のエーザイだ。新薬の可能性をもつのは、同社が開発した抗真菌剤E1224「ホスラブコナゾール」。日本では爪の水虫に処方される。開発者は「週1回飲めばよいので(患者は)薬の費用を減らせる。効果も長く続く」と語る。
臨床試験は2017年から、スーダンで始まった。NTDsの新しい治療薬と治療法を研究する非営利組織「DNDi」(本部:スイス・ジュネーブ)、エーザイ、マイセトーマ研究所の3者が共同で進める。
共同研究への投資金額は約252万ドル(約2億7600万円)。資金を出すのは、マラリア・結核・NTDsの治療薬やワクチン、診断薬の開発を推進する日本発の官民ファンド「GHIT Fund(グローバルヘルス技術振興基金)」だ。
エーザイは臨床試験が終わったときを見据えて、「患者に薬を飲んでもらう工夫」を模索 する。同社サステナビリティー部の飛弾隆之副部長は「製薬会社として薬をつくって届けることはできても、実際に飲んでもらえるかはわからない」と語る。
飛弾氏は、NTDsのひとつである「リンパ系フィラリア症(LF)」の薬(DEC錠)を開発して届けたインドでは、2018年の時点でLFは完全には治まらなかったと明かす。インド保健・家族福祉省によると、LFの制圧が始まった2004年当時、LFはインドの256地域で蔓延。うち100地域で2018年までに抑えこめたものの、156地域が残ったという。
エーザイは、インドを含む28カ国に、2021年3月時点で約20億1000万のDEC錠を供給してきた。