「野菜を買って行かんかね?」「肉が新鮮だよ」―。
青年海外協力隊員(職種:コミュニティ開発)である私の任地、フィリピン・ルソン島南部のティナンバック町が、週の中でもっともにぎわうのは木曜日だ。ジプニー(ジープ型のバス)のターミナルに隣接する場所で開かれる木曜市、通称「ファーマーズ・マーケット」。朝4時に始まるこのマーケットには、肉・魚・衣料品・日用雑貨、そして新鮮な野菜を置く店が軒を連ねる。昼すぎにはほとんどの店が売り切れで店じまいするほどの人気だ。
■隣町の農家が売りにくる
私の配属先は、ティナンバック町農業事務所。仕事内容の一つは、有機農業を広めること。「マーケットに行けば、有機・化学肥料の使用にかかわらず、ティナンバックの農家の話が聞けるはずだ」。そう思った私は2015年1月、同僚を誘ってマーケットへと出かけ、各出店主たちをインタビューして回った。しかし、待っていたのは、私の期待を裏切る現状だった。
出店していた20軒のうち、ティナンバックの農家はわずか3店舗―。
マーケットを主催するのは町役場。出店手続きが煩雑かといえばそうではない。税金さえ納めれば誰でも出店できるという。それでも、町内からの出店は全体の15%にとどまっている。背景には、生産性を上げようにも高額な化学肥料を買うことができず、自家消費分や決まった販売先に売る分しか、農作物を作れないという農家の苦悩があるようだ。その証拠に、町内の3軒ともが、肥料が少なくても栽培できるイモ類をメインに売っていた。
今回調査した出店主の居住地を尋ねると、半分の10軒が近隣の中堅都市のゴア。別の中堅都市のカラバンガと、ティナンバックが3軒ずつ。一緒に調査をした同僚のロッシー・アベリンダさん(56)はぼやく。「町がお金を出して開いているのに、その売上金のほとんどが町外へ消えてしまっているなんて…。サヤン(モッタイナイ)」
■手に入るのは根菜ばかり
マーケットでは、一部の店はキャベツや白菜など傷みやすい葉物を売っていたが、ほとんどの店が扱うのはニンニクやショウガ、ニンジン、ジャガイモ、ミカンなど比較的傷みにくい野菜・果物だ。出店主の多くが冷蔵設備のついた輸送車を持たず、冷蔵庫を備えた店も皆無だからだ。
では、ティナンバックで新鮮な農産物を買おうとすれば、どうしたらいいのか。この町に赴任した直後の14年12月、私は自分の誕生日会を開くことになった。フィリピンでは、誕生日の人が家族や職場の人を招き、料理やお酒を振る舞うのが一般的。私は、お好み焼きやマンゴーフロート(冷凍庫を使ったケーキ風デザート)を出そうと考えていた。マニラでお好み焼きソースも準備していた。
「残りのものは、ティナンバックで買えるだろう」。そう踏んでいた私の予想は、ホストファミリーの一言であっさりと覆された。「小麦粉や卵は買えるけど、キャベツもマンゴーも、ナガ(近隣の大都市)まで行かないとないよ」。確かに、公設市場でも、新鮮なキャベツやマンゴーを見たことがなかった。売っている店があることにはあったが、どれも小さく、しかも傷んでいた。誕生日のおもてなしをする側としては、こんな質の悪いものを買うわけにはいかないし、振る舞うだけの量もそろいそうにない。
最終的に、私はナガまで食材を買いに出かけた。ティナンバックからナガまではジプニーで往復約3時間、交通費も116ペソ(約300円)かかる。この金額はこの町では外食3食分に相当するぐらい大きい。
■ペットボトルで有機栽培!
マーケットの出店農家の半分を占めたゴア町は、町役場が無料の有機農業セミナーを開くなど、手厚い農家支援をしていたことも今回の調査で分かった。支援不足を思い知らされた私の配属先のティナンバック農業事務所は15年6月から、有機農業を普及させるため、デモファーム作りを始める。簡単に手に入るもみ殻や米ぬか、糖蜜などを原料とする有機肥料の作り方を教えることで、高額な化学肥料を買わなくても農家が生産性を上げられるようにすることが目的だ。
ティナンバックはココナツの生産が有名で、農地の95%をココナツ農園が占める町。農業事務所は現在、野菜向けの農地不足を解消させるため、ペットボトルを使った栽培方法を研究中だ。ペットボトルごみを減らせるのと同時に、庭先やココナツの木の下でも有機栽培ができる。農村で暮らす人たちの栄養改善につながる上に、仕事を持たない主婦の副業などにも効果が期待できると踏んでいる。
まだまだ、野菜農家が魚やコメと物々交換する「貨幣を用いない取引」も残るティナンバック。それでも、より高値で売れるとの期待が膨らめば、有機農業に乗り出す農家も増えるはず。農家がマーケットに出店するようになれば、より町にお金が落ちるようになる。ゆくゆくは町外へ販路も拡大できる。
同僚のロッシーさんは言う。「農民にしっかりと有機農業の技術を伝え、しっかりと稼げる農民が一人でも増えること。それが、私たちの役目」